「お金はあるのに、家具コーディネートがイケてない…」配送の仕事で気付いた業界の未来 「継ぐ気無し」の3代目が家具企業を成長させた
◆「時代に敏感な世代がやるべき」
――入社されてから社長に就任するまでの経緯を教えてください。 27歳で入社して店長を任された後、広島や北海道の店舗立ち上げに携わりました。 現地でスタッフを採用したり配送会社を手配したりする中で、店舗運営に関することを一通り学びました。 その後、本社で6~7店舗を束ねるゼネラルマネージャーを経験した後、2011年に34歳で社長に就任しました。 ――何かきっかけがあったのでしょうか。 当時はすでにインターネットが広く普及し、家具のオンラインショップも多く出てきていました。 父はインターネットには疎かったので、「時代に敏感な世代がやるべき」と思ったのでしょう。 それから、僕に経験を積ませるために、バトンタッチの瞬間は経営があまりうまくいっていない時にしようと思っていたみたいです。 当時はリーマンショック直後で景気があまり良くない時期でした。 とはいえ当時は、社長・部長・課長などいろいろな役職を兼務している感じだったので、経営者として自覚が出てきたのはここ5年くらいです。
◆「何を変えてもいいが、理念だけは変えるな」
ーー事業承継で「変えなかったもの」と「変えたもの」を教えてください。 変えなかったのは、会社理念です。現在、当社は「日本を『空間時間価値』先進国へ」というミッションを掲げています。 でも、言葉こそ変わりましたが、「お客様も社員も大事にする」という根本の想いは当初から変わっていません。 父からも「他の何を変えてもいいけど、理念だけは守ってほしい」と言われていました。 逆に、それ以外は時代に合わせて変えていくべきだと父も僕も思っていますし、変えてきたからこそ会社をここまで成長させることができたはずです。 ――事業承継後も、父親と会社の経営について話をすることはありますか? 父は既に会長も退任しましたが、よく話しますよ。 どうやら、歯がゆい部分もあるようです。 父は個人商店時代のメリット、例えば社長が自ら全社員・全商品を隅々まで見られることなどを知っています。 会社規模が拡大し、どうしてもそうはいかない今の状況は父にとっての「ベスト」ではないようです。 それでも、地元で初めて会った方と仕事の話をすると「“あの”リビングハウスの人だったんですか!?」と驚かれることもあるようで、企業の規模拡大を喜んでくれている面もありますね。