治安維持法、戦争景気、大衆文化――戦時下の日本は暗黒だったのか
言論弾圧の内実
戦前の日本が「暗黒」だったとのイメージは、徹底的な言論統制、憲兵による監視、地域社会における密告などがおこなわれていたと想像されるからだろう。 たしかに戦時下、治安維持法が強化されている。もっとも治安維持法は、天皇制を否定したり、社会主義革命をめざしたりする言動を厳罰に処する法律ではあっても、社会生活全体をおおい尽くしていたのではなかった。 戦時下、さまざまなデマが飛んだ。戦争遂行に都合の悪いデマもあった。それでも取り締まりには明確な基準があった。「真実」でなければ処罰の対象だった。しかし「意見」だけならば処罰されなかった。たとえば「自分は支那事変に反対だ」あるいは「軍隊に行くのはおそろしい」、これらは「意見」だから処罰の対象外だった。 (『中央公論』1月号では、この後も大賑わいだったデパート、戦争支持の国民、娯楽の実態について詳しく論じている。) 井上寿一(学習院大学教授) 〔いのうえとしかず〕 1956年東京都生まれ。一橋大学大学院法学研究科博士課程単位取得。法学博士。専門は日本政治外交史、歴史政策論。『戦前昭和の社会』『政友会と民政党』『理想だらけの戦時下日本』『日中戦争』『矢部貞治』など著書多数。