渡辺早織 イタリアでのほろ苦い思い出 花溢れる小さな村で出合ったトリュフのパスタ
おいしさを引き延ばしてくれる長いパスタ
はじめてこの村に来た時の思い出は少しほろ苦い。 それは夫と出会ってすぐの頃で、せっかくこの美しい景色を見せたいと思って連れてきてくれただろうに、ケンカをしてしまい心を曇らせながら帰ったのだ。 はじめてのケンカだった。 その時に入った小さなオステリアで、店内の黒板に書かれたあるメニューをこれは絶対食べてほしい!と言って注文してくれた。 それがトリュフのパスタだった。 トリュフはここウンブリアの名物で、使うパスタはストランゴッツィというこれもまたこの地ならではのものだという。 はじめて聞いたそのパスタは、ほどなくしてゆげを立てながら目の前に運ばれてきた。 もうちょっとでうどんになりそうなほど太めの長いパスタだった。 くるくると豪快にフォークに巻くとふわっとトリュフの香りがより一層強く立ち込めてなんとも食欲をそそる。 そして今まで食べたことのないなんとも言えないおいしさだった。 この思い出を悲しいもので終わらせないように、今回はトリュフのパスタを作ります。 お店のようなそのもののトリュフが手に入ればいいのだけれど、今回はより手軽に手に入るトリュフのペーストを使います。 お店はシンプルにオリーブオイルとトリュフだけだったけれど、今回はペーストを生かせるように少しアレンジして作ります。 ストランゴッツィで作るトリュフのクリームパスタ。 しっかりと食べ応えのあるパスタは口の中に長く残っておいしさを引き延ばしてくれるようだ。 このソースは実は夫がよく作ってくれるもので、パスタのすべてのレシピの中で私が一番好きなものなのだ。 たくさんの思い出がかさなってどんどん大切になっていくパスタ。 人生はきっと思っているよりあっという間かもしれない。 けれど身近な人を幸せにできる人生であればきっと満足だ。 あの花々のように、強く誇らしく、満開の笑顔で過ごせますように。 ■著者プロフィール 渡辺早織 俳優・タレント モデルとして2007年デビュー。その後、ドラマ/映画/CM/テレビ番組にてレギュラー出演をするなど俳優・タレントとして活躍中。酒好きが高じて、唎酒師の資格を持っている。
朝日新聞社