時計遺伝子と老化との深い関係…ノックアウトマウスで明らかに【長寿研究のいまを知る】#15
【長寿研究のいまを知る】#15 遺伝子とは、タンパク質を作るための設計図であり、生成されたタンパク質は細胞の形や働き、酵素活性、情報伝達など、さまざまな生体機能を担う。遺伝子によって作られるタンパク質のひとつには「体内時計」に関係するものがある。 人気医師の和田秀樹がズバリ教える「老化を遅らせる生活」 体内時計に関するタンパク質は、約24時間周期のリズムを刻む仕組みの中で、振動子の役割を果たす。この体内時計のタンパク質を作り出すための設計図が書かれているのが「時計遺伝子」と呼ばれる遺伝子群だ。ご存じのように、地球の環境は24時間周期で朝、昼、夜と大きく変わる。それに対応して、私たちの体も各細胞に備わる「概日時計」の仕組みを介して、太陽光などのさまざまな刺激により体内時計をリセットし、体温やホルモン分泌、代謝を調整している。この概日時計は、時計遺伝子の「転写フィードバック制御」と呼ばれる分子システムが基盤となっている。この制御が崩れると、老化や短命に結びつくことがわかっている。 現在までに、ClockやBmal1といったさまざまな時計遺伝子が確認されている。例えば、ClockとBmal1遺伝子が朝に合成されると、これらが結合してゲノム上の特定の配列を活性化し、他の時計遺伝子(Per、Cryなど)に指示を出し、mRNA(メッセンジャーRNA)に転写する。mRNAにより作られた時計タンパク質が細胞内を満たすと細胞核内に入り、ClockやBmal1遺伝子を抑制し、時計タンパク質が分解される。 その後、再びmRNAに転写が開始されることで、時計タンパク質の量は増減を繰り返す。これらの増減のサイクルが24時間周期で行われ、私たちの体はこのサイクルにより地球のリズムに同調していくのである。 ■老化は時計の“ズレ”が原因? ただ、すべての細胞が24時間周期で同期しているわけではない。各細胞の時計遺伝子を統括する役割を果たすのが、脳の視床下部にある「視交叉上核」である。視交叉上核は「親時計」として各細胞の「子時計」を統制して同期させ、これによって概日リズム(サーカディアンリズム)が正しく機能する。しかし、何らかの原因で概日時計が狂った状態が続いてしまうと、身体の制御システムが崩れ、不眠、うつ病、高血圧、代謝異常、免疫低下といった老化に似た症状を発症し得ることが知られている。 実際、主要な時計遺伝子のひとつであるBmal1を欠損させたノックアウトマウスは、概日リズムを失い、寿命が短くなるほか、早期に老化現象を示すことが報告されている。ハーバード大学医学部&ソルボンヌ大学医学部客員教授の根来秀行医師が言う。 「時計遺伝子と老化の関係は、すでに多くの研究から明らかにされており、乱れた生体リズムが老化や疾患リスクに悪影響を及ぼすことは以前から指摘されていました。1971年、ショウジョウバエの変異体研究において米国の研究者が1日が18時間や30時間のハエ、体内時計を持たない変異体を発見したことが、この研究分野の始まりです」 1984年にはショウジョウバエで最初の体内時計遺伝子が発見され、1997年にはヒトを含む哺乳類にも体内時計遺伝子が存在することが確認された。 さらに2006年には、Bmal1遺伝子を欠損したマウスが早期老化を示すことが論文で報告されている。研究によれば、ほとんどのノックアウトマウスは生後26~52週で死亡したのに対し、通常のマウスは平均で2年以上生存したという。また、52週時点での体の大きさもノックアウトマウスは通常の半分程度だったとされている。 「私のハーバードの研究室でもBmal1遺伝子ノックアウトマウスにおける老化制御について最新研究成果が得られ、本年10月に開催された米国腎臓病学会総会で報告しました。皮下脂肪組織の減少は、ヒトを含む哺乳類において老化の主要な指標ですが、40週齢のノックアウトマウスでは顕著な脂肪組織の減少が確認されています。発毛に関しても、30週齢のマウスの背中の毛を剃って再生状況を観察したところ、ノックアウトマウスでは4匹中1匹だけが3カ月後に部分再生したのに対し、通常のマウスは4匹すべてが1カ月で再生したと報告されています」(根来医師) こうした研究結果は、ヒトにおいても時計遺伝子の正常な機能を保つことが老化を遅らせる可能性を示しており、時計機構の調整が老化防止の新たな治療ターゲットとして注目されつつある。 2017年には、体内時計のリズムを刻む遺伝子機構を解明した研究により、米国の3人の研究者がノーベル生理学・医学賞を受賞したことも、体内時計研究の重要性を示している。