デジタル発『SPY×FAMILY』メガヒットの衝撃 紙のマンガ雑誌はどこへ
部数急減も権利ビジネスの入り口
読者が費用対効果を追うことは、雑誌をつくる出版社の経営を圧迫する。 かつて、『週刊少年ジャンプ』の発行部数が653万部を記録するなどマンガ雑誌が全盛期を迎えていた1990年代半ば、少年マンガ週刊誌の損益分岐点は100万部と言われていた。毎号500ページの誌上におよそ20本の連載マンガを掲載するための原稿料や印刷・製本代、輸送費、書店のマージンを考えると、最低限100万部はないと赤字になるという意味だ。青年誌はもう少し緩やかで50万部くらいが損益分岐点になる。 ところが、日本雑誌協会が発表している「印刷証明付部数」によれば、2024年4月から6月の平均発行部数は、『週刊少年ジャンプ』が109万部で100万部を保っているものの、ライバル誌の『週刊少年マガジン』は32万部、『週刊少年サンデー』は13万部だ。青年向け、少女・女性向け雑誌に100万部を超えるものはない。つまり、雑誌の大半は赤字だということは容易に想像できる。 それでもなお出版社がマンガ雑誌を諦めていないのは、単行本販売やアニメ化・映画化の版権収入、その他IP(知的財産権)収入を合算することで赤字を埋められるからだ。何年も前から出版社は出版事業からライツビジネスやIPビジネスに軸足を移している。例えば、先ごろ発表された集英社の第83期決算は、非デジタルの出版収入が511億円。デジタル出版は720億円。版権・物販などの事業収入は753億円である。紙の雑誌を発行することは、ライツビジネスに必要な売れるコンテンツを集めるための重要な仕掛けという位置づけになっている。
電子コミック足踏みの時代も
デジタル版の雑誌や単行本の市場が長く足踏みを続けてきたことも紙雑誌には味方になっていた。 電子コミックが注目され始めたのは1990年代半ば。米マイクロソフトが「ウィンドウズ95」を発売し、インターネットの商業利用が解禁された時代である。90年代後半にはブロードバンド回線の普及が始まった。 2003年にはauが、高機能携帯電話(フューチャーフォン)の液晶画面で読む携帯コミックの配信を開始。他社も追随し、ボーイズラブ(BL)、ティーンズラブ(TL)の小さなブームが起きた。だが、紙の牙城を崩すまでには至らなかった。2008年には米アップルのi-phoneが日本上陸し、本格的な電子コミックが登場する。2013年には韓国発祥の電子版向け縦読みマンガWEBTOONが日本でも公開された。 2010年代に入った頃からは「電子書籍元年」という言葉を毎年のように耳にするようになる。それでも、電子コミック市場は思ったほど広がらず、特に雑誌に関しては紙の優位が続いた。前述の出版科学研究所が電子コミックの販売金額を統計として発表したのは、集英社が電子雑誌アプリ『少年ジャンプ+』をスタートさせた2014年分からだ。 しかし、その5年後、『SPY×FAMILY』が誕生した2019年には紙のマンガ市場と電子のマンガ市場は逆転した。 コンテンツを集めてパッケージで提供するという紙雑誌の優位性が薄れ、電子雑誌アプリや電子コミックが市場を拡大している現状で、紙メディア、特に雑誌は終焉(しゅうえん)を迎えるだろうか。残るとすればどのような形になるのだろうか。 答えは、マンガ史80年の中から見つかるはずである。
【Profile】
中野 晴行 NAKANO Haruyuki ノンフィクションライター、編集者。1954年東京都出身。和歌山大学経済学部卒。2004年『マンガ産業論』で日本出版学会賞奨励賞、日本児童文学学会奨励賞。『謎のマンガ家・酒井七馬伝』で2008年度日本漫画家協会賞特別賞。