「体力も酒量もおちてきた…」78歳になった太田和彦が居酒屋探訪を続ける理由 30年に及ぶ旅を振り返る
本業はグラフィックデザイナー。飲み仲間と作った会報をきっかけに居酒屋探訪家としての道を歩むことになった太田和彦さん。活動が注目され、「居酒屋紀行シリーズ」や「太田和彦のふらり旅」などの番組も持つにいたる。 その太田さんが30年に及ぶ居酒屋旅の境地を綴ったのが、『大人の居酒屋旅』(新潮社)だ。 78歳となり、体力も酒量もおちてきた、という太田さんが今も居酒屋探訪を続ける理由とは?
太田和彦「齢七十八、報恩全国居酒屋巡礼は今日も続く」
四十歳になったころから居酒屋通いを始め、飲み仲間と会報「居酒屋研究」を発行。それを見た編集者から雑誌に居酒屋コラム連載を頼まれ、1990年『居酒屋大全』という本になった。 すると別の出版社から書き下ろし依頼がきて、取材に二年かけた『精選 東京の居酒屋』は、それまでの居酒屋記事はコラム程度だったのを評論にしようと、一店・二〇〇〇字の長文で五十六軒書いて東京の居酒屋を俯瞰した最初の本となり、八年後に改訂『新精選 東京の居酒屋』も出た。 本業のデザイナーで新潮社の雑誌の仕事をしているうち、編集者から居酒屋紀行を書かないかと誘われ、二泊三日で大阪に行った「大阪でタコの湯気にのぼせる」がきっかけで「小説新潮」の連載「ニッポン居酒屋放浪記」が始まった。
こんどは日本中が舞台だ。編集者、カメラマンと三人のお気楽旅は三年続き、南北に長い島国日本の風土、歴史、産物、人情は、各地にながく続く居酒屋にまことによく表れているとわかった。「立志篇」「疾風篇」「望郷篇」の三部作で出版され、その文庫版あとがきの立志篇は〈地方都市のうまい肴で酒を飲めることに無邪気にはしゃいでいる〉、疾風篇は〈酒肴から町や人々に視野が拡大〉、望郷篇は〈町歩きの感傷が自分の過去への旅になる〉と書かれた。 いつのまにか居酒屋の本を書く人になり、『居酒屋かもめ唄』『東海道居酒屋五十三次』『居酒屋百名山』『居酒屋おくのほそ道』と続く。 年齢六十代、一人旅で始めた週刊誌連載「ニッポンぶらり旅」、続く「おいしい旅」「浮草双紙」は計八年続き、十一冊の文庫になった。昼は町を歩いて建物や歴史を知り、迎えた夜の居酒屋で目も耳も舌もこらすのは宮本常一の民俗学の如く。一人旅の良さは、大将や女将とじっくり話せることにあり、その成果のひとつ、日本三大美人白割烹着女将は今や三人ではおさまらなく……(コラ)。日本中を二巡、三巡するうち、昔入った店を再訪する楽しみが生まれてきた。酒よりも人。「お、太田さん」と迎えられ、お互い元気で何よりと一杯注がれ、後を継ぐ若い息子や娘を紹介されるのは親戚になったようなうれしさだ。 これほど日本中の居酒屋に入り、何冊も書いた人はいないだろう。カネもずいぶん使った。 とはいえ齢七十八。体力、酒量もおちてきた。それでも続けているのは、もはや報恩八十八ヶ所巡礼の気持ちだ。チーン(鉦の音)。 何かを探求しようなどと思ったわけではない。日常の場を離れて知らぬ地をぶらぶら歩くのに少しも飽きなかったからだ。日本は広かった。 この『大人の居酒屋旅』は、そんな今の巡礼を書いた。古くからの担当女性編集者は、いたわりの気持ちをこめるように原稿に赤字を入れてくれ、無事校了となった。 チーン……。 [レビュアー]太田和彦(作家) 1946年生まれ。日本各地の酒場訪ね歩きをライフワークに、多くの著作を著す。『太田和彦の居酒屋味酒覧〈決定版〉精選204』はその代表作。他に『ニッポン居酒屋放浪記』『居酒屋百名山』『東海道居酒屋五十三次』『居酒屋おくのほそ道』『東京・大人の居酒屋』『ひとり飲む、京都』『ひとり旅ひとり酒』『居酒屋を極める』『日本の居酒屋――その県民性』『居酒屋吟月の物語』『東京エレジー』など。 協力:新潮社 新潮社 波 Book Bang編集部 新潮社
新潮社