ネット選挙運動は誰のものか? SFC慶應義塾大学李洪千専任講師インタビュー
2013年夏、日本では「ネット選挙運動」が解禁された初めての選挙戦が展開されています。私たちはこの新しいツールをどう使いこなしていくべきなのでしょうか? 昨年の韓国大統領選挙にスタッフとして参加し、先月『ネット選挙完全解禁! 韓国大統領選挙の真実』(colors BOOKS刊)を電子出版した慶應義塾大学総合政策学部の李洪千専任講師に話を聞きました。 ──韓国では2012年にネット選挙運動が全面的に解禁されました。いわば先進国なわけですが、先生は今の日本のネット選挙運動をどのようにご覧になっていますか? いまの状況を見ると盛り上がっていないですね。いろんなメディアから同じ質問を受けているのでその理由を考えてみました。 思うに、今回のネット選挙運動解禁は、韓国と違って有権者が勝ち取ったのではなく政治的妥協の産物として解禁されたものなんです。そのため、「有権者がネット選挙運動の主体である」という認識が低いところに原因があるのではないでしょうか。 それは、ネットを積極的に利用しているはずの若者の間にも、政治的メッセージを発信しようとする動きが見られないことからも推測できますね。だから、政治が作ったお祭りなので、政治が主役であると考えているのではないでしょうか。 ──著書でソーシャル・ネットワーク(SNS)を使った選挙運動には「消しゴム」機能があるとおっしゃっています。これはどういう考え方でしょうか? SNSを利用した選挙運動が、そのコミュニケーション機能により、アクターとしての「政治家」と観客としての「有権者」の境界線を消してしまう機能のことなんです。 政治家も有権者も選挙運動が自由に出来ますので、有権者は既に政治家と同じアクターなのです。その数は有権者の数と同じですので、SNSを利用した選挙運動では、何千人の政治家のアクターより、何千万人の有権者のアクターの方が多くなりますよね。 有権者はアクターになれるだけではなく、審判にもなれますし、応援団にもなれます。これまでそれぞれに分かれていた役割の垣根が消えていきます。SNS選挙運動は有権者を縛っていた制限を消すことで1人4役のマルチプレイヤーにしてしまうことになります。 具体的な事例を著書で紹介しているので、ぜひ読んでいただきたいと思います。 ── 消しゴム機能を十分に機能させるためには、単に候補者の広報ツールとしてだけではなく、有権者がネットで実際に声をあげていくとことが大事と強調されています。 そうですね。ネット選挙運動解禁は候補者より有権者に対するメリットの方が大きいのですよ。有権者が自分の意見を選挙という場で表現できる手段を初めて手にしたからなんです。 これまで候補者から一方的に説得される対象になりかねなかった有権者ですが、今後は立場が変わります。有権者から候補者に説教ができるんですね。 これは日本の政治にとっても画期的な転換です。相手が、地元の政治家であれ、大物政治家であれ、総理大臣であっても、何ものにも制止されず発言ができます。 それをいつやるのか? 今でしょう!(笑)有権者が自ら声を出せないと何も得られるものがないことは明々白々です。政治家が 有権者のことを考えて何とかやってくれると期待することはもうやめましょう。 ──「ネット選挙運動」と「ネット政治活動」の垣根がいずれなくなっていくと指摘されていますが、選挙戦が終わってからもネットの影響力は続くということでしょうか? ネット選挙運動は、広い意味でネット政治活動の一つです。これまでもネットを利用した政治活動は政治家も有権者も制限なく可能だったにも関わらず、有権者がネットを上手く利用していたとはいいきれません。 特に有権者がネットを利用して政治的アクションを行ったという話はほとんど耳にしたことがありません。それは、ネット選挙運動のような有権者の背中を押してくれる環境が作られなかったので、ネット政治活動をどのようにしていくか、その方法が分からなかったからではないでしょうか。 つまり、ネット政治活動が可能であっても「それは政治家の領域であり、有権者が足を踏み入れるところではない」と考えているうちは、有権者の政治活動は盛り上がりません。従って、有権者が自ら行動を起こすのであれば選挙戦が終わっても ネットの影響力は続くと思いますよ。 李洪千(リホンチョン) 1968年生まれ、韓国馬山市出身。漢陽大学数学科卒。1998年韓国記者協会編集局次長、2008年慶應義塾大学G-COE常任研究員等を経て、2011年より現職。共著に『インターネットが変える選挙―米韓比較と日本の展望』(慶應義塾大学出版会)。近著『ネット選挙完全解禁! 韓国大統領選挙の真実』はKindleストアなどで取り扱いがある。