最低賃金の引き上げで解雇に踏み切ると回答した企業は約2割、景気低迷下で賃上げを要求するドイツ労働界は正気か?
■ それでも賃上げを要求する労働界 例えば、ドイツ最大の労組であるIGメタルは10月15日、進行中の金属・電気産業における団体交渉で、雇用主側が提示した3.6%の賃上げ案を拒否すると発表した。IGメタルは7%の賃上げを要求している。 10月末の労使交渉が決裂した場合、IGメタルはストライキを行うと示唆している。とはいえ雇用主側としても、ない袖は振れない。 そればかりではなく、IGメタルは、いわゆるワークシェアリングではなく、給与水準を据え置いたままの週休3日制の導入にも野心的である。これは実質的な大幅賃上げに相当するため、雇用主側も慎重である。 ミュンスター大学の研究チームは、同大学が主導する社会実験では、週休3日制を試験導入した企業の7割に、生産性の向上が見込めたと10月下旬に明らかにしている。ただ、週休3日制で生産性が改善するとしても、それは業種が限定されよう。どのみち、賃金も休暇も増やせという要求が実現するほどドイツの景気は良くはないのである。 本来ならば政界が、労働界と経済界の調整役を担うべきである。しかしながら、IGメタルはショルツ首相を擁する与党SPDの最大のスポンサーであるから、ショルツ政権は事態の収拾に乗り出せずにいる。むしろレームダック化が進んだショルツ政権は、次期総選挙での敗北を軽減させる観点から、労働界寄りの立場を強めているともいえる。
■ 賃上げは市場原理に委ねるべきではないか 日本の場合、確かに最低賃金が低過ぎるかもしれない。だからといって、企業が稼ぎ出した付加価値以上に、賃上げをすることはできない。まずは企業が稼ぎ出す付加価値を増やすとともに、そのうえで賃上げを実現しなければ、経済の好循環は描けない。だが、与野党ともに、とにかく賃上げの実現を優先するような姿勢を貫いている。 東京都の最低賃金は10月より1163円となっている。これをあと5年のうちに1500円まで引き上げるなら、東京でさえ毎年6%近い賃上げが必要となる。物価上昇を上回る賃上げムードを醸成することは大切だが、企業が毎年6%ずつ付加価値を増やすことは至難の業であり非現実的だ。非現実的な公約を掲げること自体、無責任の極みだ。 賃上げはされるべきだが、基本は労働需給が反映された水準でなければならない。政治はそのサポートに徹するべきであり、本来なら非現実的な公約を掲げてはならない。それでも、日本で最低賃金を年間6%引き上げるようなことが義務化されれば、賃上げに耐え切れず、ドイツのように雇用を整理する企業が増えることになる。 そもそも1500円の最低賃金が実現するとして、日本はその対価として、激しい悪性インフレを経験すると懸念される。実質所得は増えるどころか、むしろ減ってしまうことになるだろう。 ※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です 【土田陽介(つちだ・ようすけ)】 三菱UFJリサーチ&コンサルティング(株)調査部副主任研究員。欧州やその周辺の諸国の政治・経済・金融分析を専門とする。2005年一橋大経卒、06年同大学経済学研究科修了の後、(株)浜銀総合研究所を経て現在に至る。著書に『ドル化とは何か』(ちくま新書)、『基軸通貨: ドルと円のゆくえを問いなおす』(筑摩選書)がある。
土田 陽介