知っておきたい職場の「自尊感情」 エンゲージメントへの影響と職場の居場所マネジメント
近年、従業員のエンゲージメントを向上させて組織力の強化をねらう企業が増えています。しかし、価値観の多様化が進む中では、成長を願って負荷が高い仕事に挑戦させたり、叱咤激励したりする従来の方法では、思うように力が出せない従業員も多いようです。 どうすれば、組織に貢献したくなる気持ちや、自らも成長しようとする意欲を高めることができるのでしょうか。 組織内自尊感情や職場の居場所マネジメントについて研究する、中京大学経営学部の向日恒喜教授に話をうかがいました。
自尊心が高ければいいわけではない――自尊感情の多面性
――現在の研究分野である「組織内自尊感情」や「居場所のマネジメント」に着目した経緯をお聞かせください。 私の学生時代は、ちょうど過労死の問題が話題になっていた時期でした。 もともとモチベーションに興味を持っていた私は、「従業員が積極的に働くこと」は企業側から見ればポジティブな事象でも、過労死の問題などを鑑みると、必ずしもプラスとは言いきれないのではないかと疑問を抱いていたのです。 いずれ、そのようなテーマで研究をしてみたいと思いながら、経営情報学の分野に進み、知識を共有して活用するナレッジマネジメントを研究するようになりました。 組織の中で、人が知識を共有するときの動機に注目すると、心から「これは面白い」「みんなの役に立つ知識だ」と感じて知識をシェアするケースもあれば、外的な評価や承認欲求に駆られて行動するケースもあります。その背景にあるものを掘り下げていった結果、「自尊感情」や「居場所」というキーワードにたどりつきました。 表面的には自発的に動いていても、裏側では外発的なものに捉われている状態は、実はバーンアウトや過労死の問題ともつながっています。 ――「組織内自尊感情」とはどのようなものなのでしょうか。 まず「自尊感情」にはさまざまな定義がありますが、心理学者の遠藤辰雄氏は「自分が価値のある、尊敬されるべき、すぐれた人間であるという感情」(1992)と定義しています。ただし、自尊感情にはさまざまな側面があることが分かってきています。 自尊感情の研究者であるローゼンバーグ氏は、自尊感情には、他者との比較により自己を「とてもよい」と判断する側面と、他者と比べて勝っていようが劣っていようが自己の基準に照らし合わせて「これでよい」と判断する側面があるとしています。 ただ、「とてもよい」と「これでよい」を切り分けることは、非常に難しい。アメリカでは1980年代に、自尊感情のポジティブな効果を期待して、学校などで自尊感情を高める取り組みが大規模に実施されたのですが、うまくいきませんでした。「これでよい」とする感情を高めようとして、むしろ、他者との比較によって成り立つ「とてもよい」という感情を高めてしまったからです。その結果、他者への配慮の欠如などのネガティブな問題が生じてしまいました。 近年、「これでよい」の自尊感情に似た“自己肯定感”を高めようとする動きが活発ですが、「これでよい」と「とてもよい」の違いを理解しないままにトライすると、結局は他者との比較によって成り立つ「とてもよい」の自尊感情だけを高めてしまうリスクがあると考えています。 ――自尊感情には「他者の評価に基づくもの」と「自身の価値基準に基づくもの」があるのですね。 その通りです。さらに、モチベーション研究で有名な心理学者、デシ氏とライアン氏は「随伴的自尊感情」と「真の自尊感情」という概念を提示しています。 「随伴的自尊感情」は「とてもよい」に似た、他者の評価などに基づいた自尊感情で、評価などの外発的動機を引き出すもの。「真の自尊感情」とは「これでよい」に似た、自己の内面の基準に基づいた自尊感情で、自分がやりたいと思うことや大切にしていることなどの内発的動機を引き出すものです。 日本でも国立精神・神経医療研究センターの伊藤正哉氏らが、随伴的自尊感情に近い概念を「優越感」、真の自尊感情に近い概念を「本来感」に置き換えて、研究を進めています。さまざまな考え方や概念がありますが、ポイントは「他者と比較しているかどうか」です。 人は自尊感情を維持するために行動するといわれています。つまり、モチベーションと密接に関わっているのです。 職場において、人は自分の価値や能力をさまざまな形で感じています。それらを維持しようとして行動する背景にあるものが「組織内自尊感情」です。この概念を提唱したピアース氏は、「組織で役割を果たすことで得られる欲求充足への期待で、組織のメンバーとしての自己に対する価値」と定義しています。職場の人間行動に与える影響は少なくないでしょう。