“放屁ネタ”は江戸庶民の笑いのツボ 妖怪「スカ屁」かわら版誕生の理由
江戸時代の娯楽や情報源として、庶民に愛されたかわら版は、その時々の社会情勢などに応じて異なる趣がありました。地震や火事など災害時には、迅速にまじめに役立つ情報を提供しようとかわら版屋の“本気”を見せつけてくれました。しかし、平和な時が続くと、つい物足りなくなってしまうのか、奇妙なかわら版が出回り始めます。 妖怪「スカ屁」のかわら版は、いったいどのような経緯で作られたのでしょうか? 大阪学院大学、准教授の森田健司さんが解説します。
一見謎のかわら版「スカ屁」
ここに一枚、奇妙なかわら版がある。表題は「スカ屁」。目に飛び込んでくるのは、力強い線で描かれた、老婆らしき人物のイラストである。この老婆、どうやら放屁しているようだ。左手で自身の鼻を摘んでいることからは、その屁が相当な悪臭であることが察せられる。 かわら版は、基本的に何らかのニュースを伝えるものである。果たして、この「スカ屁」なるかわら版、何を報じようとしているのか。十分にイラストを見た後に、記事に目を移してみよう。それは、こう始められている。 越中かき山いまき谷 尻が洞われめより すかべと云者出て こやし取に告て曰ク 簡単に現代語訳すると、越中(現在の富山県)の「かき山」の「いまき谷」にある「尻が洞」の割れ目から、スカ屁という者が出現し、こやし取りの者に次のように告げた、となる。この老婆は、どうも人間ではなく、スカ屁という名の妖怪のようである。もう少し、続きを読んでみたい。 今年より四五年の内に 名もなきおなら流行して いもべの薬にてもゆかず 手にあせにぎりべ 4~5年以内に、今は名もない「おなら病」が流行する。それには、芋屁(芋を食べた後に出る屁の意、だろうか)を止める薬も効かず、「手に汗握り屁」となるだろう。こういうことらしい。 頭が老婆、身体が黒い老婆、つまり概ね老婆という見た目を持つ妖怪・スカ屁は、近々流行するであろう、今は知られていない病気を「予言」しているのである。「手に汗握り屁」ということは、当人には屁であると確信できないほどに、危うい屁が出てしまう病なのだろう。ふざけているようだが、確かにそのような病気に感染するのは遠慮したいところである。 最後に、スカ屁はこう言って去ったという。 我姿 青ひ顔を絵図にうつしおくわ 其難をのがれ 家内まめべく そくさい延命 うたがひなし 要するに、この「スカ屁の絵」を持っておけば、「おなら病」の感染は避けられるらしい。それどころか、家内安全、無病息災、おまけに延命長寿まで約束されるという。随分と自信満々な様子だが、その根拠は、ここからは理解できない。 果たして、この不可思議かつ、下品な一枚刷りは、どういう経緯で作られたものなのだろうか。