大谷「ホームラン」を支えたロバーツ監督の危機対応能力
メディア対応もチームで臨むべき
また、これを機に、通意力の増強を検討してみるのもいいのではないかと思います。これまでも決してマスコミを通じての発信をしていなかったわけではなく、試合後に丁寧に囲み取材には応じてきました。ただ一方で、良く言えば簡潔、ともすれば素っ気ないやり取りになっていた面もあるように感じます。 肘の状態、あるいは結婚といったテーマについては極端に言葉数を少なくしていたのではないでしょうか。 こうした意見に対して、日本のファンからは「野球以外のことに気を使わせるな」といった声が発せられることもあります。実際に、日本だけを考えれば仮に「野球に専念したいのでシーズン中は喋りません」と主張しても、大谷選手ならば通りそうな感じもあります。 しかし、まず考えるべきは、現地アメリカの記者たちとのコミュニケーションです。彼らからすれば、肘の状態であろうと、結婚であろうと、特段に隠すテーマだという感覚はないのでしょう。 むろん、何でもさらす必要はまったくありません。例えば、「肘は完治していますが、知らず知らず庇ってしまいます」とか「愛する人と暮らすのは幸せですが、それだけに気を使う瞬間も多々あります」など、これまでよりもほんの少しだけ、人間味というか感情が伝わるようなコミュニケーションを意識してみるのもいいでしょう。それも本人の負担になるのならば、メディア対応を担うチームのメンバーが尽力すればいいのです。 こうしたことが、アメリカのメディアに対して日常的に無理なく行われることが、結果としてプレイする際の環境を良くすることにもつながるでしょう(幸い、最近の会見では、このあたりのことに配慮しているように見えます)。 超人的な能力を誇る大谷選手であっても、最初に述べたような環境の変化の影響を受けるのは自然なことです。企業コンサルティングの場面では、よく経営者の方々などに対して、心の中に「言葉の壁」を築くことをお勧めしています。これは常に心に置いておく言葉、モットーのようなもののことです。また、謝罪会見など平常心を保てない場面では、その時点で肝に銘じておくべき言葉を「壁」として築くよう、ご提案するようにしています。 幸いなことに、ドジャースのロバーツ監督にはそうした意識があるようです。今季第1号ホームランを打った試合の前、大谷選手は監督に「自分らしくいれば、それでいい」と声をかけられ、それで気が楽になった、と明かしています。これは実は、「言葉の壁」の好例です。 環境が大きく変わったり、トラブルに直面したりすると、自分が何を大切にしているのか、自分は何のために働いているのか、といった基本的なことを見失いがちです。そのような時に備えて、普段からご自分なりの「言葉の壁」を心に持っておくことをお勧めします。
田中優介(たなか・ゆうすけ) 1987(昭和62)年東京都生まれ。企業の危機管理コンサルタント。明治大学法学部卒業後、セイコーウオッチ株式会社入社。お客様相談室、広報部などに勤務後、株式会社リスク・ヘッジ入社。同社代表取締役社長。著書に『その対応では会社が傾く プロが教える危機管理教室』『地雷を踏むな 大人のための危機突破術』等。 デイリー新潮編集部
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