貴重な戦訓と戦果の推定をもたらした「特別攻撃作戦」で散った突入者の究明(レビュー)
同じ著訳者コンビによる前作『米軍から見た沖縄特攻作戦』(2021年刊)は、著者の関心の中心たる揚陸支援艇など小船艇の苦闘史に一般読者を誘引すべく、米戦闘機隊の手柄を列記していた。 戦闘機パイロットは当時からその専門技術に見合った報酬を、経済的にも社会的にも受け取っている。そして現代日本のわれわれ読者は、得るところなき自慢話に繰り返してつき合いたくはない。 今年訳刊された『日米史料による特攻作戦全史』は趣きが変わる。 私は本書によって初めて、《動力降下の速度がつきすぎると揚力を抑制できなくなり、目標艦を飛び越してしまうぞ》といった、特攻する側の貴重な戦訓が、リアルタイムで九州の航空基地までフィードバックされていたのだと察した。 誰かが味方の無念(米側撮影の動画にはよく記録されている)を見届けて生還して、口頭で注進をしていたのかと思う。 操縦者たちは、数トンの重さの航空機で離陸し、洋上数百マイルを航法。防空警戒を韜晦し、視界内の可能な破壊目標を束の間に見定め、反撃火力が弱い艦尾側へ回りこもうとし、命中寸前には爆弾を切り離してその侵徹力を最大化せんとし、時に自機を背面ロールに入れて、高速ダイブがもたらす過剰揚力をキャンセルしようと図った。おそらく最も巧緻な体当たりはフィルムに残っていない。カメラマンすら不意を衝かれたためだ。 その敢為、周到、機転……。彼らがもし生きて戦後にながらえたなら―と、思わぬ者やある。 このたび訳者は可能な限り突入者名を究明し、国民史的な顕彰は補強された。それでも有り体は、かくも有意な人材の、かくも廉価な使い捨てが、わが軍の「特攻作戦」であった。 今年、ノーベル経済学賞を与えられているダロン・アセモグル氏の口調を借りよう。 先の大戦末期のわが航空隊にあっては、機材が新鋭になり長距離対艦攻撃のパフォーマンスが向上したかたわら、搭乗員たちのいのち代は「実費」水準まで下げられたのだ。 それを可能にしたモチベーションは、自分たちの決心で戦勢も覆るかもしれないという、未来を左右するチャンスであった。 旧陸軍が採用した、生還を念頭する肉薄ボートの「マルレ」(爆雷投射型軽快艇)が、海軍発明の自爆ボート「震洋」よりも戦果を挙げたらしく推定できることも、本書の手柄に違いない。 [レビュアー]兵頭二十八(軍事著述家) ひょうどう・にそはち1960年長野県生まれ。陸上自衛隊北部方面隊、月刊『戦車マガジン』編集部などを経て現職。『米中「AI大戦」』(並木書房)、『有坂銃』(光人社NF文庫)など著書多数。 協力:新潮社 新潮社 週刊新潮 Book Bang編集部 新潮社
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