アマゾンとグーグルの意外な共通点、現場の心に火をつける本物の経営理念の力とは
伊丹 アマゾンの従業員には、かつてベゾス氏が株主に宛てて書いた手紙の内容を経営理念に落とし込んだ「リーダーシップの14の原則」が深く浸透しています。特に注目すべきは、「14の原則」の筆頭に挙げられた「Customer Obsession(顧客にとことんこだわる)」です。 この原則を活用した事例が「アマゾンマーケットプレイス」と「フルフィルメントバイアマゾン(FBA)」です。ベゾス氏は、アマゾンが自社のために作り上げた市場機能と配送機能を他の小売事業者にも提供しようと考えたのです。社内では当然、大反対が起きました。誰もが「自社商品のみならず、競合商品をアマゾンのECサイト内に掲載すれば、自社商品の売り上げが下がる」と考えたからです。 ところが、ベゾス氏は動じませんでした。「顧客にとことんこだわる」という原則に従って、実行を決断したのです。 ■ アマゾンが世界一のクラウドサービスを生んだ「8番目の原則」 ──社内から反対の声が挙がる中、ベゾス氏はどのようなビジョンを描いていたのでしょうか。 伊丹 ベゾス氏の頭の中には「マーケットプレイスに他社の魅力的な商品が並び、仮にお客さま様がそちらを購入した場合、自社商品が売れなくても顧客満足は向上する。顧客が満足すればアマゾンへのアクセスが増えて、自社商品も自然と売れるようになる」という勝ち筋がはっきり見えていたのだと思います。 「14の原則」がアマゾンの事業成長に貢献した事例としては、世界最大のクラウドコンピューティングサービスに成長した「AWS」(アマゾンウェブサービス)も忘れてはなりません。かつて小売業だったアマゾンがIT事業で世界一になるということを、誰が想像したでしょうか。これは「14の原則」の8番目「Think Big(大きく考える)」を適用した好例だと考えています。 アマゾンはかつてグーグルに対抗してウェブ検索サービスを始めて失敗したこともありましたが、試行錯誤の末にAWSをリリースし、大成功しました。ベゾス氏の経営哲学、そしてアマゾンの経営理念がなければ、小売業からIT事業へ飛躍することは難しかったのではないでしょうか。 ──著書では、グーグルの創業経営者の1人、ラリー・ペイジ氏についても紹介しています。ペイジ氏はどのような経営哲学を持っていたのでしょうか。 伊丹 ペイジ氏は「Google が掲げる10の事実」と呼ばれる行動指針を用いて、経営の意志決定をしていました。その行動指針を活用した最たる例は、グーグルの「中国市場撤退」でしょう。 2009年、グーグルのサーバーがハッカーからのサイバー攻撃を受けたことがきっかけで、さまざまなことが明らかになりました。ハッカーの拠点は中国国内にあり、ハッカーたちはグーグルの知的財産を盗むだけでなく、中国の反政府活動家のメールを読もうとしていたのです。グーグルが中国国内でサービス提供を続けることは、中国政府の言論弾圧に加担することを意味します。 当時、グーグルCEOだったエリック・シュミット氏は、経済論理という視点から考えて中国市場からの撤退には異を唱えていました。当初はペイジ氏も当初は同じ考えだったようです。 しかし、ペイジ氏は最終的にもう1人の創業者であるセルゲイ・ブリン氏が出した撤退案に賛成します。10の事実の6番目である「悪事を働かなくてもお金は稼げる」に照らして、「悪事に加担はしない」と決心したからでした。こうして巨大市場である中国からの撤退が決まったのです。