PJモートン20年の歩みと現在地 ゴスペルの探求者が見出したニューオーリンズとアフリカの繋がり
「アフロ・オーリンズ」な最新作、スティーヴィー・ワンダーとの共振
アメリカの黒人アーティストが祖先のルーツであるアフリカに赴いて楽曲を作るという試み自体は珍しいことではない。例えばロイ・エアーズ。79年末にナイジェリアの複数都市でフェラ・クティ率いるアフリカ70を従えてライブを行った流れでフェラとの共演作『Music Of Many Colours』(80年)を作り、その翌年にフェラとのナイジェリア体験をもとにしたリーダー作『Africa,Center Of The World』(81年)を発表したことは語り草だ。PJと音楽性の近いR&Bアーティストでは、ミント・コンディションのストークリーがガーナを訪問し、ハイライフとアフロビーツを繋ぐKiDiとのコラボ曲を含むアルバム『Sankofa』を2021年に出したことも記憶に新しい。近年はクリス・ブラウンをはじめとするR&Bのアーティストがウィズキッドらと共演し、タイラやテムズといったアフリカ勢の全米ブレイクもあって、アフリカとアメリカの音楽が最接近。PJはその流れに便乗したわけではないが、そうした気運が高まりつつある中での今回の新作『Cape Town to Cairo』となる。 何の準備もせずに現地で作ったアルバムは、アフリカに足を踏み入れたアメリカ黒人として初めて経験する驚きやハプニングを直感的かつ自由奔放に表現。アフリカ音楽を意図的に取り込もうとしたのではなく、どの楽曲も偶発的に生まれた。結果として大半の曲がアフロビートやアフロビーツに寄ったものとなったが、本人としてはニューオーリンズ出身者の視点でアフリカ音楽とソウル・ミュージックとの接点を探り、アフリカの音楽がニューオーリンズ・ジャズなどの創成にどれだけ影響を与えたか、アフリカン・ディアスポラの視点で改めて示したかったというニュアンスの発言をしている(※本稿ではNPRのスコット・デトロウ氏とGrammy.comのモーガン・イーノス氏のインタビューを参照)。その意味では、アプローチは違うがビヨンセの『Cowboy Carter』(2024年)と似たメンタリティで作られたアルバムと言えるのかもしれない。 最初に降り立ったのは南アフリカのケープタウン。そこで創作/録音したのがアルバムのラストを飾る「Simunye(We Are One)」だ。同国のソウェト・スピリチュアル・シンガーズのコーラスをバックに歌った讃美歌風の清美なバラード。地元民からの歓迎ムードの中、「アフリカが自分を待っているかのような気持ち」になり、ケープタウン出身のソウル~フュージョン系シンガー/ギタリストのジョナサン・バトラーの助言もあってリラックスして無心でピアノに向かったということで、幸先のいいスタートだったのだろう。曲の雰囲気は違うがスティーヴィー・ワンダーが南アのコーラス・グループであるレディスミス・ブラック・マンバーゾを従えて歌った「Take The Time Out」(95年作『Conversation Peace』収録)が一瞬頭をよぎる曲でもある。 旅の最終地となったカイロでは曲の仕上がりを確認した程度だったようだが、とりわけ濃密な時間を過ごしたのがナイジェリアのラゴス。それは同地で作った曲の充実ぶりからも伝わってくる。バンド仲間のエド・クラークとブライアン・コッカーハムと共作したアルバム冒頭の「Smoke and Mirrors」がまずファンキーでパーカッシヴなアフロビートで、ホーン・セクションが活躍する血湧き肉躍るようなこれはフェラ・クティを思い出さずにいられない。と同時に、PJのファンであれば『Gumbo』での「Sticking To My Guns」を思い出すかもしれない。アフリカ的でありながらニューオーリンズの感覚もあるこの「Smoke and Mirrors」は、今回のアルバムのテーマを象徴する曲とも言えそうだ。 PJはインタビューで次のように答えている。 「ナイジェリアのラゴスにいた時にホーン奏者たちの演奏を見て故郷(のブラスバンド)を思い出し、ガーナでハイライフを聴いた時にはセカンドラインのような気がした。それに、ジョロフ・ライス(西アフリカのコメ料理)を食べたら地元のジャンバラヤを思い出した。彼らアフリカの“バージョン”があったんだ。ニューオーリンズ出身の自分としては、食べ物、音楽、ストリートでの踊り方、お祝いの仕方など、本当にたくさんの繋がりを発見したんだよね」(NPRとGrammy.comのインタビューを要約) その発見が創作の糧となった。“繋がり”には奴隷貿易の拠点であったラゴスをアメリカにおける奴隷売買の一大拠点であったニューオーリンズの出身者が訪れたという、負の歴史の再確認も含まれる。だからこそゴスペルが生まれ、それがソウル・ミュージックへと発展したという、頭では理解していた事実を現地に赴くことで体感し、魂に火がついた。そんな思いを彼のインタビューから読み取ることができた。 ラゴスではファイヤーボーイDMLとも邂逅。それがアフロビーツ~アフロポップな「Count on Me」で、もともとPJが側近のレジナルド・ニコラスJr.らと作っていた曲にファイヤーボーイが新たなリリックを加えたという。20分で書き上げたというファイヤーボーイのヴァースが「君をひとりにはしない。僕を頼って」というポジティヴな歌を勢いよく後押しする。また、そのファイアーボーイやウィズキッド、バーナ・ボーイ、シーケイなどを手掛けてきたナイジェリアの気鋭P.Priime(「ピィ!」というプロデューサー・タグでもお馴染み)と組んだのが、過日の来日公演でも披露したアフロビーツの「Please Be Good To Me」。PJはこれを「セクシーなラヴソング風でありながらアフリカに話しかけているような曲」だと語っている。 そんなラゴス滞在で最も大きな収穫だったのが、「Who You Are」で共演したマーデ・クティとの出会いであったことは想像に難くない。PJが「アフリカ音楽全般に目を向けさせた最初の人物」と評する故フェラ・クティの孫で、父親はフェミ・クティ。ちょうどラゴスに着いた日がフェラの誕生日で、その翌日にスタジオでマーデとで出会ったというから、“呼ばれていた”のだろう。マーデはハイライフの伝統を受け継ぐアフロビート新世代で、2021年に『For (e) ward』でアルバム・デビュー。この「Who You Are」にもマーデのカラーが反映されている。それに続く「Thank You」はラゴスの空気を吸いながらアフロビートとアフロビーツの中間点を探ったような曲で、盟友ブライアン・コッカーハムと一緒にPJ流のアフロポップを完成させた。 パリ生まれでラゴス育ちのナイジェリアンであるシンガー/ソングライターのアシャが歌い、南アのンダボ・ズールーがトランペットを吹いた「All the Dreamers」はアフロ・キューバンにインスパイアされたラテン調のダンサー。どことなくスティーヴィー・ワンダーの「As」(76年)を連想させ、PJのスティーヴィー・フォロワーぶりを改めて実感する。バラード「I Found You」にいたっては直球のスティーヴィー路線で、これは『Watch The Sun』に収録されていても違和感がない。そのスティーヴィーといえば70年代から事あるごとにガーナへの思いを語っており、今年5月、74歳の誕生日にガーナの市民権を授与されたというニュースがひっそりと報じられた。偶然とはいえ、そんなアフリカンなトピックでもシンクロするPJとスティーヴィーなのであった。 ストリングスが美麗な「Home Again」も過去のアルバムに入っていそうなバラード。これをPJと共同制作したのはザ・ケイヴメン.のふたり。キングスリー・オコリエとベンジャミン・ジェイムズからなるナイジェリアはイモ州出身の血縁同志による新世代ハイライフのデュオで、2021年のアルバム『Love And Highlife』ではマーデ・クティと共演した「Biri」という曲も披露している。彼らはこの7月からロンドンでスタートするPJの新作ツアー〈Cape Town to Cairo Tour〉にゲスト・アクトとして同行予定。そのツアーでPJが率いるバンドはアフロ・オーリンズを名乗り、フェラ・クティの精神を受け継ぐというこのバンドで千穐楽となる11月末のニューオーリンズ公演まで走り抜く。まさに“アフロ・オーリンズ”な曲が並ぶのが、今回の新作『Cape Town to Cairo』なのである。 --- PJモートン 『Cape Town to Cairo』 発売中
Tsuyoshi Hayashi