長場雄が描く戸田奈津子が愛した映画人　vol.49　ジェームズ・キャメロン

集英社オンライン

字幕翻訳の第一人者・戸田奈津子さんは、学生時代から熱心に劇場通いをしてきた生粋の映画好き。彼女が愛してきたスターや監督の見るべき1本を、長場雄さんの作品付きで紹介する。

マリアナ海溝に一人で

『タイタニック』（1997）や『アバター』（2009）で知られるジェームズ・キャメロンですが、作中に水の表現が多いことからもわかるように、海が大好きな映画監督です。 世界各地で難破船探索や深海調査に熱中するのみならず、ひとり乗りの潜水艇を自ら設計し、世界一深いマリアナ海溝の底にまで到達した記録を持つほどです。 それほどの深海の水圧はとてつもなく、絶えず水圧で潜水艇が爆発する恐怖と戦わねばなりません。そういう危険に挑戦する冒険児なのです。 大ヒット作はたくさんありますが、私がおすすめする1本は『アビス』（1989）かな。深海で繰り広げられる極限状態の人間ドラマもスリリングだけど、未知の生命体を水で表現したCGもショッキングだったわね。 この経験が『ターミネーター2』（1991）での液体金属製アンドロイド「T-1000」の映像に生かされています。 クリエイティブの才能を持ったすごい映画監督ではあるけれど、素顔はかわいいところもあってね。来日したときに「東京の下町を見たい」という彼の希望で、映画会社の人たちと安産祈願で有名な日本橋の水天宮に立ち寄ったことがあるの。 そこで昔ながらの腹帯（妊娠中のお腹をサポートする帯）に興味を持って、妊娠中だった当時の妻リンダ・ハミルトンのために購入していました。 リンダが実際に使ったかどうかはわかりませんが、ジムは腹帯を買った唯一のアメリカ人監督じゃないかしら（笑）。

『アビス』（1989）　The Abyss　上映時間:2時間20分/アメリカ カリブ海のケイマン海溝付近で、アメリカ海軍の原子力潜水艦が謎の物体に襲われ沈没。政府は近くの海底石油採掘基地に救助の要請をする。リーダーのバッド（エド・ハリス）は、石油採掘基地の設計者である別居中の妻リンジー（メアリー・エリザベス・マストラントニオ）や、海軍特殊部隊チームと共に任務に当たる。 原潜の残骸までたどりつくものの、基地に帰り着くためのケーブルがハリケーンにより破損。一行は深海で立ち往生してしまう……。ジェームズ・キャメロンが監督と脚本を務め、アカデミー視覚効果賞を受賞した。タイトルのアビスは深海、深淵の意。 ジェームズ・キャメロン 1954年8月16日生まれ、カナダ・オンタリオ州出身。『殺人魚フライングキラー』（1982）で監督デビュー。『ターミネーター』（1984）で注目を浴び、『エイリアン2』（1986）『ターミネーター2』（1991）が世界中で大ヒットを記録する。『タイタニック』（1997）でアカデミー賞11部門を受賞。 『アバター』（2009）は世界歴代1位の興行収入を記録した。プライベートでは映画プロデューサーのゲイル・アン・ハード、映画監督のキャスリン・ビグロー、俳優のリンダ・ハミルトンらと結婚。現在の妻は『タイタニック』に出演した元俳優のスージー・エイミス。 語り/戸田奈津子　アートワーク/長場雄　文/松山梢