敗戦後に見せた「鹿島のキャプテン」のプライド。2024年の鹿島ユースを牽引してきたDF佐藤海宏はまだ何も諦めていない
[12.1 プレミアリーグEAST第21節 横浜FCユース 2-0 鹿島ユース 神奈川県立保土ヶ谷公園サッカー場] 【写真】「えげつない爆美女」「初めて見た」「美人にも程がある」元日本代表GKの妻がピッチ登場 それはキャプテンのプライドだろう。優勝の懸かった大一番に敗れ、首位から陥落した試合後。相手サポーターのところへ歩いてきたその人の表情に、感情の揺れは微塵も感じられない。堂々と先頭に立ち、片手を上げてチームメイトを促し、深々とお辞儀をして、自分たちのサポーターの元へと向かう。 諦めていない。2024年の鹿島アントラーズユース(茨城)を牽引してきた絶対的キャプテン。DF佐藤海宏(3年=鹿島アントラーズジュニアユース出身)はまだ何も諦めていない。 4月。リーグ戦が開幕したころ。佐藤はまだキャプテンとしての在り方を模索していた。「今年の3年生は静かなタイプが多いというのは満男さん(小笠原満男アカデミーテクニカルアドバイザー)やヤナさん(柳沢敦監督)からも言われていますし、練習の雰囲気もうまく行かないときに静かになってしまったりするので、自分はキャプテンをやっている中でそこには責任を感じていますね」。 いわゆる闘将タイプではない。普段の話しぶりも実に穏やか。本人も「自分はあまり強く言うタイプじゃないというか、ガーガー言うようなタイプじゃないんですよね」と認めている。だからこそ、周囲をよく観察して、チームに対しても、個人に対しても、適切なタイミングで、適切な声を掛けることを意識し続けてきた。 シーズン中に音頭を取って始めたこともある。「自分は学年の壁を作りたくないので、何でも言い合えるような環境を作ろうと心掛けていて、それが練習の中でも下級生が思い切ってプレーしたり、発言できることに繋がるのかなと思うので、試合の前日の夜にミーティングをして、自分が指名した選手が試合への“意気込み”みたいなことを喋る機会を作っているんです」。 「試合に出ない人も指名するんですけど、そこで『全力でサポートするから』とか言ってくれますし、そういう人たちの想いも汲んで試合をすることを考えたら、よりモチベーションに繋がるところもあるので、いろいろな人に話を聞いています。みんな指名されたら、『あ、オレか!』みたいな感じで喋っていますね(笑)」。いろいろな工夫を凝らし、チームの輪を少しでも大きくしようと腐心してきた。 個人としてもプレミアのステージで経験を重ねるにつれて、一歩ずつ、着実に成長を続けている。小さくない刺激になっていたのは、昨年末に発表された同期の2人、FW徳田誉(3年)とDF松本遥翔(3年)のトップチーム昇格だった。 春先に話していた言葉を思い出す。「去年の年末ぐらいに発表があった時は、悔しい気持ちもありましたね。2人とも結果を残して、代表にも多く参加している中で、身近にいるからこそ意識しようとしなくても、自然と意識しますし、遥翔に関しては逆サイドですけど同じポジションなので、ライバルというか自分も負けたくない気持ちは持っています」。 徳田はトップチームでの活動、松本は長期の負傷離脱もあって、プレミアの出場機会も限られていた中で、佐藤は不動の左サイドバックとして、U-18日本代表の海外遠征で欠場した1試合を除くリーグ戦20試合にフル出場を果たすなど、一貫してハイパフォーマンスを継続。6月には徳田と松本から半年遅れでトップチーム昇格が決まり、来季からはプロの世界へと身を投じる権利を勝ち獲っている。 印象的だったのは第20節の前橋育英高戦。ホームで戦ったゲームは開始2分で先制したものの、以降はやや劣勢を強いられる中で、後半に同点弾を献上し、スコアを振り出しに引き戻されてしまう。ただ、若いチームは冷静さを失っていなかった。その中心にいたのはもちろん佐藤。いつもより少しだけ熱量を上げて、チームメイトを鼓舞し、自身も100パーセントでファイトし続ける。 後半41分。MF大貫琉偉(1年)が蹴ったFKから、FW吉田湊海(1年)が勝ち越しゴールを挙げると、それはそのまま決勝点に。試合後には笑顔を浮かべ、チームメイトと勝利のダンスを踊っていたキャプテンは、下級生たちの成長と頼もしさも同時に感じていたという。 「(大貫)琉偉や(福岡)勇和、(吉田)湊海もそうですけど、そういう選手が代表に行って、帰ってきた時にグンと伸びるのは感じますし、そういうところで経験したことをチームの中で出してくれていると思いますね。彼らには本当に信頼してボールも出せますし、下級生もどんどん喋って、チームを鼓舞して、自分も含めた上級生にもどんどん指摘してくれるので、本当に下級生の成長や頑張りに3年生が助けられているなと思います」。 その空気感を醸成する上で、仲間に関わり、寄り添い、しなやかなリーダーシップを発揮しているキャプテンの影響が小さくないことは、おそらくチーム全員が実感しているはず。前橋育英戦の試合後に行われていたBチームのトレーニングは活気にあふれ、それを見守るAチームの選手たちもポジティブな声を重ねていく。シーズン開幕当初より、グループの一体感は間違いなく強固なものになっている。 勝利を収めれば優勝の可能性もあった第21節の横浜FCユース戦。なかなか序盤からリズムを掴めなかった鹿島ユースは、前半38分に先制点を許すと、後半6分にも追加点を奪われ、2点のビハインドを背負ってしまう。佐藤も左サイドで上下動を繰り返すが、攻撃で効果的なプレーを繰り出すまでには至らない。 後半途中からは左サイドハーフにポジションを上げ、反撃への意欲を前面に押し出したものの、最後までゴールは生まれず、結果は0-2の敗戦。チームは最終節を前に首位から陥落し、得失点差で柏レイソルU-18、横浜FCユースに続く3位へと後退することになった。 悔しくないはずがない。でも、前を向く。相手サポーターのところへ歩いてきた佐藤の表情に、感情の揺れは微塵も感じられない。堂々と先頭に立ち、片手を上げてチームメイトを促し、深々とお辞儀をして、自分たちのサポーターの元へと向かう。その一連には、鹿島のキャプテンを務める者の矜持が強く滲んでいたように見えた。 やはり前橋育英戦の後に、佐藤が語っていた言葉を思い出す。「最後に優勝にプラスしてファイナルで勝つところまで持っていきたいと思いますし、その中で3年生が後輩たちに何を残せるかが大事になってくると思うので、普段の練習でも、練習以外の姿勢のところでも、何か後輩たちの心に残るものがあればいいなと思います」。 きっともう後輩たちの心には刻まれている。力強くチームを束ねるキャプテンの求心力が。タッチライン際を全速力で駆け上がる7番の背中が。それでも、まだそこには加えるべき景色がある。あと180分間を戦い抜き、このチームで、この仲間と、全員で手繰り寄せるべき歓喜がある。諦めていない。佐藤海宏はまだ何も諦めていない。 (取材・文 土屋雅史)