体調が優れない日も家事がきちんとできない自分を許せない…完璧主義の女性の心を解いた医師のある質問
■過去を振り返る作業 一方で、古田さんもそうですが、「must」の束縛に気づいても、なかなか考え方のクセから逃れられない人は多くいます。その場合、次のように過去を振り返る作業をします。 まず、ある質問から始めます。 「子育ての経験がある古田さんなら実感されているでしょうが、子供は完璧主義ではないですよね。古田さんも、幼い頃はのびのびと自分の欲求や感情のままに生きていたでしょう。いまのように完璧主義になったポイントがあったと思うのですが、いつからそのような“きちんとしなくては”という考え方が芽生えたんですか?」 「父によると、小さい頃の私はやんちゃでわがままだったそうです。振り返ってみると、変わったのは、12歳のときに母が病気で亡くなってからかもしれません。仕事をしながら私と2歳年下の弟を育てていた父はとても苦労をしていました。そんな父を見て、心配や迷惑をかけてはいけないと考え、家事を手伝うようになりました」 「古田さんなりに、家族を守ろうとがんばってこられたのですね」 「父が“恵理ちゃんが手伝ってくれてとても助かるよ”とほめてくれると、とてもうれしかった。母はしっかりした人だったので、子供ながらに母の代わりになろうとしていたのかもしれません。父から“そんなにがんばらなくてもいいよ”と言われるくらい、しっかりしようとする意識に拍車がかかっていました」 家族を支えようとずっと一生懸命だった古田さんの小さい頃の姿を、私は想像しました。 ■「must」からの解放 古田さんがなぜそこまできちんと家事をこなすことに執着するのか不思議に思っていましたが、子供時代のエピソードを聞いて、謎が解けた気がしました。そして、次のように声をかけました。 「古田さんのきちんとしなければならないという考え方は、子供のときの経験からできあがったんですね。“お父さんに迷惑をかけないよう力になりたい”と、小さい頃からがんばってきたのでしょう。 けれど、いまはご主人や娘さんを頼っても十分やっていけるんじゃないでしょうか」 「そうかもしれません。夫も娘もとてもやさしいから、甘えてみようかしら」 その後外来でお会いしたとき、ご自身をがんじがらめにしていた「must」から少し解放されたのか、古田さんの表情はこころなしかやわらかく見えました。そして、家事ができないときも「体調が良くないのだからしょうがない」と少しずつ思えるようになり、ご家族と協力しながら対応できるようになったそうです。 ---------- 清水 研(しみず・けん) 精神科医・医学博士 1971年生まれ。金沢大学卒業後、都立荏原病院での内科研修、国立精神・神経センター武蔵病院、都立豊島病院での一般精神科研修を経て、2003年、国立がんセンター東病院精神腫瘍科レジデント。以降、一貫してがん患者およびその家族の診療を担当する。2006年より国立がんセンター(現・国立がん研究センター)中央病院精神腫瘍科に勤務。2012年より同病院精神腫瘍科長。2020年4月より公益財団法人がん研究会有明病院腫瘍精神科部長。日本総合病院精神医学会専門医・指導医。日本精神神経学会専門医・指導医。 ----------
精神科医・医学博士 清水 研