絵を描くことが好きだった少年時代、疎開していた美しい湖のほとりで感じた創作の源流 芸術家フォロンの祖国㊦
ベルギー出身の世界的芸術家、ジャン=ミッシェル・フォロン(1934~2005年)の回顧展(産経新聞社など主催)が来年4月、大阪で始まるのを前に同国を訪れた。首都ブリュッセルでは「欧州の要衝」としての一面に触れたが、旅の後半ではフォロンが幼少期を過ごしたゆかりの地を巡った。静かに広がる美しい湖、疎開していた洋館…。その地は豊かな自然とともにあった。 【写真】フォロンの作品数百枚が壁一面に張りつけられた「ポスターの壁」。上下左右に鏡が設置され、のぞき込むと迷宮に迷い込んだような感覚に ブリュッセル近郊、広大なソルベイ公園の一角に、白い壁と赤茶色の瓦屋根の素朴な建物がたたずむ。2000年に開館した「フォロン財団美術館」だ。 幼い頃から絵を描くことが好きだったフォロン。1939年に第二次世界大戦が勃発すると、ブリュッセルから約25キロ離れたジャンバル湖付近に家族で疎開した。そのときにソルベイ公園を散歩し、咲き誇る花々に魅了されたという。その光景が忘れられず、作品保護を目的とした財団と美術館を設立する際にこの地を選んだ。 美術館では、ずらりと並んだ水彩の作品が印象的だった。柔らかな色合いだが、テーマは環境問題や戦争など社会的なもの。自ら配置を決めたという「ポスターの壁」は壮観だ。 決して強い主張ではないからこそ、見る人に考える「余白」を与える。財団のステファニー・アンゲルロット理事長は「シンプルな構図で多くのことを訴えるのがフォロンの作品の特徴なのです」と解説した。 ■疎開時代の逸話 作品の余韻を感じながら美術館を後にし、フォロンが家族と疎開していた洋館を訪れた。ジャンバル湖のすぐそばに建ち、現在は企業家のリュック・ファン・ベルゲムさんが暮らす。フォロンとはモナコで知り合ったといい、洋館を譲り受けたとき、疎開中に起きたユニークな出来事について聞かされた。 ある日、フォロンがきょうだいと一緒に湖で釣りをしていると、ドイツ兵にいきなり釣りざおを奪われた。湖の対岸にはナチス・ドイツの軍事基地があり、驚いたフォロンたちは泣きながら帰宅。だがその夜、この兵士が洋館を訪ねてきた。 おびえる一家に兵士は謝罪してこう言った。「私にも君たちくらいの子供がいる。釣りをしないと食事にありつけないほど困っていると思って食べ物を持ってきた」。一家は困惑しながらも受け取り、事なきを得た-。