朝ドラ『虎に翼』父親の子を5人出産した女性の地獄 モデルになった事件の第一審では「過剰防衛」で刑罰免除に
NHK朝の連続テレビ小説『虎に翼』は、第24週「女三人あれば身代が潰れる?」が放送中。寅子(演:伊藤沙莉)ら司法の現場では司法の独立が脅かされる場面がある一方、山田よね(演:土居志央梨)と轟太一(演:戸塚純貴)が弁護する被告人・斧ヶ岳美位子(演:石橋菜津美)の一審が終わった。今回はモデルとなった史実の事件の一審における弁護側の主張と判決について詳しくかつ簡潔にご紹介する。 ※本稿には実際に起きた事件について性的虐待等の描写が含まれます。予めご了承ください。 ■約15年実父からの性的虐待を受け続けた女性の地獄 この事件が起きたのは、昭和43年(1968)10月5日のことだった。栃木県矢板市のとある住宅で、A子さん(当時29歳)は、泥酔していた父親(当時53歳)を絞殺。その後自首した。 A子さんは14歳の頃から日常的に父親に性交を強要されてきた。母親も必死に抵抗したが暴力・暴言におびえる日々をおくり、逃げようと家を出ては連れ戻された。最終的に父親はA子さんと妹を連れて勝手に転居してしまう。 昭和31年(1956)、A子さんは実父の子である長女を出産。その後、昭和34年(1959)3月に次女、昭和35年(1960)11月に三女、昭和37年(1962)7月に四女、昭和39年(1964)2月に五女を産んでいる。うち、四女は生後8ヶ月で、五女は生後4ヶ月で亡くなっている。 実父との子を5人も産み、まるで夫婦同然の生活を強いられてきたA子さんも、生活のために働きだした印刷会社で恋人ができ、結婚を考えるようになった。しかし、昭和43年(1968)9月25日、結婚について父親に打ち明けたところ、約10日にわたって軟禁され、度重なる性的暴行と暴言によって神経が衰弱していった。そして同年10月5日夜、常軌を逸した父親の蛮行に、もはや自分が人間らしく、人並みの幸せを得て生きていくためには父親を殺害するしかないと、泥酔して自分に掴みかかってきた父親を押し倒して絞殺するに至ったのである。 ■第一審での弁護側の主張と判決 宇都宮地方裁判所で行われた第一審で、弁護側は「被告が父を殺害した行為は、正当防衛または緊急避難に該当し罪とならないものであり、仮にそうでないとしても過剰防衛または過剰避難としてその刑を軽減または免除すべきである」と主張した。また、検察官が刑法第200条「尊属殺人罪」を適用して罰するべきと主張したのに対し、「そもそも尊属殺人罪は日本国憲法第14条が規定する、法の下における平等の原理に反するため違憲であり無効だ」と真っ向から否定した。 ちなみに刑法第200条「尊属殺人罪」は「自己又は配偶者の直系尊属を殺したる者は、死刑又は、無期懲役に処す」と規定しており、殺人罪が「死刑又は無期もしくは3年以上の懲役」と規定されているのに対して非常に重い処罰だった。なお、殺人罪の法定刑は平成16年(2004)の刑法改正で「3年以上」から「5年以上」に引き上げられている。 「尊属殺人罪は違憲である」という主張に対し、裁判所は前提として「親子等の直系親族間の生活関係は、現在の社会的事実としても社会通念として、尊属(父母や祖父母など)から卑属(子や孫など)に対する保護慈愛の一方的関係ではなく、卑属から尊属に対する扶養敬愛の関係が併存する相互的関係であって、しかもそれは改正民法下の親族共同生活の基調である個人の尊厳と自由平等の原理に従って、尊卑の身分的序列にかかわらない本質的平等の関係であると解さなければならない」とした。 そして、尊属殺人罪は「権威服従の関係と尊卑の身分的秩序を重視した親権優位の旧家族制度的思想に胚胎する差別規定であって、現在ではすでにその合理的根拠を失ったと言わざるを得ない」と断じ、刑法第200条尊属殺人罪は違憲であるとしたのだ。 その上で、被告人・A子さんによる行為は刑法第199条の「殺人罪」に該当するものの、それは過剰防衛行為だったとして刑法第36条「正当防衛」の第2項「防衛の限度を超えた行為は、情状により、その刑を軽減し、または免除することができる」を適用するとした。 A子さんは犯行当時神経が衰弱しきっていたこと、犯行後にただちに自首したこと、長きにわたって過酷な環境にありながら、犯行までは操行を乱した形跡がないことなどの事実に基づいて刑を免除するのが相当であると結論付けて、「被告人に対し刑を免除する」という主文を出したのである。 しかし当然これで終わりではなく、『虎に翼』でも描かれた通り検察側がすぐさま控訴。東京高等裁判所での控訴審へと続いていく。 <参考> 京都産業大学法学部「憲法学習用基本判決集」
歴史人編集部