驚愕の精度で一致…「無限の宇宙」の正体を「素粒子」から暴ける理由
素粒子物理学という強力な道具
ここまで述べてきたように、ごく初期の宇宙について私たちが知ることができるのは、素粒子物理学による計算で、超高温、高エネルギーの状態で何が起こるかがわかるからです。ここで使われる素粒子物理学の標準模型と呼ばれる理論は、20世紀半ばから後半にかけて構築され、実験でも繰り返し確かめられてきました。 標準模型の重要な部分を成す電弱統一の理論は、シェルドン・グラショウ、スティーヴン・ワインバーグ、アブドゥス・サラムらにより、1960年代に完成されました。3人はこの業績により、1979年にノーベル物理学賞を受賞しています。 また電弱統一理論の重要な構成要素となるヒッグス場の理論は、1964年にロベール・ブロウト、フランソワ・アングレール、ピーター・ヒッグスらにより提唱されました。その理論もさまざまな点で実験結果との一致が見られ、確かなものであると認識されていましたが、それが決定的になったのは2012年のことです。LHCというヨーロッパにある大型加速器を使った観測により、理論の決定的な帰結であるヒッグス粒子が発見されたことで、最終的な確認ができたのです。そして、このことで2013年のノーベル物理学賞を、そのとき亡くなっていたブロウトを除く、アングレールとヒッグスの二人が受賞しました。 理論と実験の整合性は理論値と実験値がどれだけ一致するかの程度で測ることができますが、電弱統一理論の場合、その一致の精度は数千分の一を超えます。電磁気力の部分に至っては最高10桁以上一致しています。これがいかに驚異的なことかを感じるため、世の中に完全な円というものがあったとして、その円周と直径を測定したことを考えてみてください。測定した円周と直径の比が、円周率の理論値3・1415926535……と10桁以上の精度で一致するのを確認するのが、いかに困難なことかが想像できるでしょう。
高エネルギー状態で何が起こるかを探求する学問
このように、宇宙のごく初期を探索するためには素粒子物理学が強力な道具となります。これは一見すると不思議なことです。素粒子物理学とは極微の世界を研究する分野です。それがどうして宇宙の解明に不可欠なのでしょうか? もうおわかりの読者もいるかもしれませんが、大事な点なのではっきり述べておこうと思います。大雑把に言って、より小さいスケールで起こることを調べるには対象をより粉々にしなければならないので、より大きなエネルギーが必要です。実際、量子力学を用いると距離というのはある意味でエネルギーの逆数と「等価」であることが示されます。これが、素粒子物理学の研究において、大きな衝突エネルギーを生み出すことのできる巨大加速器が必要な理由です。素粒子物理学とは、高エネルギーの状態で何が起こるかを調べる学問なのです。 ここまで述べてきたように、初期の宇宙は非常に高温高密の状態でした。そして、温度とは運動エネルギーのことですから、これは初期の宇宙が大変な高エネルギー密度の状態にあったということを意味します。そしてまさにそのような状態を調べるのが素粒子物理学という分野なのです。 ちなみに、よく比喩的に「初期の宇宙は非常に小さかったので、素粒子物理学で調べることができる」と言われることがありますが、これは正確ではありません。宇宙の「大きさ」は初めから無限であり得ます。「初期の宇宙は非常に高エネルギー密度の状態にあったので、素粒子物理学の知識を用いないと調べることができない」がより正しいステートメントです。 * * * さらに続きとなる記事<遥かな昔から人類は宇宙を研究し続け遂にここまで来た…この宇宙はこれからこうなっていく。>では、宇宙の将来の展望について詳しく解説しています。
野村 泰紀(バークレー理論物理学センター長・カリフォルニア大学バークレー校教授)