大谷翔平を甲子園で撃破…2012春夏連覇の大阪桐蔭“黄金世代”の副将はいま何してる? 白水健太が独立リーグ→高校指導者の道を選んだワケ
エンゼルスからドジャースに移籍し、今季も活躍を見せる大谷翔平。だが、大谷が花巻東高3年時に甲子園の頂点に立ったのは、その年、春夏連覇を達成した大阪桐蔭高だった。かつてはメジャーMVPを擁するチームの「上を行った」大阪桐蔭“黄金世代”の選手たちはいま、どうしているのか。チームの元気印だった副将・白水(はくすい)健太さん(29歳)に話を聞いた。(全2回の第1回/2回目につづく) 今春のセンバツの準々決勝。甲子園球場のチケット売り場前に「福井工大福井」と胸に書かれたグラウンドコートを着た球児たちが集合していた。その隣にいた引率のスタッフ数名の輪の中で、白水健太監督がにこやかな表情を浮かべてこう言った。 【写真で比較】「え? こんなガリガリだったの…!?」坊主頭で涙を見せる高3の大谷翔平…藤浪晋太郎や森友哉など春夏連覇の“黄金世代”大阪桐蔭高の選手たち&副将だった白水監督の現在も見る 「この子らに日本一を意識する学校の試合を見せたいと思って。それで朝イチの特急で来たんです」 入場チケットも選手たちが売り場に並び、当日券を購入していた。 「これも社会勉強なので」と、白水監督は列に並ぶ選手らを見つめる。 一塁側の内野席に数十人ごとに選手たちがひと固まりになって着席し、試合開始を待つ。 第1試合は同じ北信越地区の星稜が登場した。 「星稜は北信越を引っ張っている存在。秋の日本一のチームですし、1試合目から星稜の試合を見て何かを感じてもらえたらと思いました」
センバツに登場した「王者・大阪桐蔭」
第4試合には監督の母校である大阪桐蔭が登場した。 相手は昨春のセンバツでも敗れている同じ近畿地区の報徳学園。屈指の好カードとも言われたこの試合を、選手たちは食い入るように見つめる。時間の関係もあり、本来は試合途中で帰郷する予定だったが、緊迫した試合展開だったため席をなかなか立てず、結局最後まで観戦した。 「4試合、全て観戦して、健大高崎とか青森山田とか、色んな学校が出てきてそれぞれのカラーも見られて、学ぶことは多かったです。(母校の大阪桐蔭は)ミスがもったいなかったですね。あの境(亮陽)君の盗塁、アウトになりましたけれど、セーフになって徳丸(快晴)君と今朝丸(裕喜、報徳学園)君の対決がどうなっていたか、見てみたかったです」 12年前。同じ春の大舞台に、白水は大阪桐蔭のユニホームに身を包んで立っていた。 のちに春夏連覇を達成することになるメンバーの一員として背番号8をつけ、副キャプテンも務めた。エースの藤浪晋太郎(阪神→メッツ3A)、正捕手の森友哉(オリックス)ら精鋭が揃う中で、どちらかと言えば地味な存在だったかもしれないが、チームで最も声を出す“元気印”としてベンチを盛り上げる役目でもあった。 「自分らの時は……甲子園で初めての試合がこんな感じで夕焼けの薄暗い空で、ナイター照明の中でプレーしていました」 そう口にし、思い浮かべたのは初日の第3試合で対戦した花巻東との試合だった。 藤浪と大谷翔平(日ハム→エンゼルス→ドジャース)という、世代屈指の剛腕の投げ合いが大会の初日に実現し、センバツ大会にも関わらず2万7000人の観客がスタンドに押し寄せた。あの大観衆の異様なうねりは、12年経った今でもはっきりと脳裏に焼きついている。 「あの試合の時、『自分たちがずっと見てきた甲子園は、これなんや』って思ったのを覚えています。監督になってももちろん行きたい気持ちは変わりませんけれど、実際はなかなかうまくいかないですね(苦笑)」
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