【バイク短編小説 Rider's Story】朝、走る
オートバイと関わることで生まれる、せつなくも熱いドラマ バイク雑誌やウェブメディアなど様々な媒体でバイク小説を掲載する執筆家武田宗徳による、どこにでもいる一人のライダーの物語。 Webikeにて販売中の書籍・短編集より、その収録作の一部をWebikeプラスで掲載していく。 文/Webikeプラス 武田宗徳
朝、走る
■結婚二年目の冬 早朝に目が覚めた。 普段なら再び眠りに落ちるところなのだが、今日は目が冴えてしまっていて、眠れそうにない。出勤まで二時間、妻が起きだすまであと一時間ある。 私は布団から起き上がり、着替え始めた。皮パンツの中にはタイツをはき、セーターの上から革ジャンを羽織った。厚手の革グローブにはインナーグローブもするつもりだ。 十二月の早朝はさすがにもう冷え込みが激しい。ましてやその時間にオートバイで走るとなると、それ相応の防寒対策が必要だ。私はヘルメットを抱えてアパートの外へ出た。 駐輪場から少しバイクを移動させてから、エンジンに火を入れる。暖気している間に、ヘルメットのあご紐を締め、グローブを手にはめる。オートバイに跨り、シフトペダルを一速に落として、私は静かに走り出した。 ピンと張り詰めた冷たい空気がシールドの下から入り込んでくる。薄暗い中、ほとんど車通りのない片側一車線の道路を、ひたすら北上する。凛とした空気を顔に感じながら静かな通りをただ走り続けていると、頭の中が少しずつ整理されていくような気がした。 昨晩、仕事で疲れていた私が妻より先に寝ようと寝室に入ろうとした時、妻は私を呼び止めてうれしそうにこう言った。 「妊娠したよ」 結婚二年目の冬だった。 「そうか、よかった」 私はたったその一言だけ言って、そのまま寝室に入ったのだ。何か気の利いたことを言ってやればよかったのかもしれない。しかし、そうするにはあまりにも頭の中が整理されていなかった。言うべきことはたくさんあるのかもしれない。ただ、そのためには少しだけ時間が必要だった。 風景が建物より畑や田んぼの割合が多くなってきた。道幅も狭くなったが対向車線を走る車の数もさらに減った。道路は少しずつカーブが多くなってくる。少しアクセルを開けて左カーブに進入してみる。速度が上がったオートバイを腰で倒しこむ。カーブを抜けると登り坂。更にアクセルを開ける。下り坂の右カーブを気持ちのよい速度で走り抜ける。その速さのまま短いトンネルを潜った。