松平健、『おむすび』の重要なムードメーカーに 北村有起哉との“受け”の演技は一級品
ここ最近はヒロイン・米田結(橋本環奈)がギャルとして、“いま”をひたむきにエンジョイする姿を描いてきた朝ドラ『おむすび』(NHK総合)。しかし現在の本作はある種の“素顔”をのぞかせているところで、これまでとは違ってシリアスなシーンが続いている。観ていて胸が苦しくなった視聴者は多いことだろう。 【写真】避難所で明るい空気を作り出す永吉(松平健) そんな本作を脇から力強く支える者がいる。結の祖父であり、いまのところチーム最年長のムードメーカーである永吉だ。演じているのは松平健である。 この永吉とは、福岡ダイエーホークス(現:福岡ソフトバンクホークス)の大ファンで、自由奔放な“のぼせもん”(九州の方言で「何かに夢中になる人」や「すぐに熱くなる人」の意)。情に厚く、困っている人がいたら放っておけない一面を持ついっぽうで、「相田みつをに書を習った」だの「初代引田天功のアシスタントをやっていた」だの、愉快なホラばかりを吹くチャーミングな人物だ。 息子である聖人(北村有起哉)とは折り合いが悪く、ことあるごとに衝突するものの、結にはいつも優しい。彼が口を開くと『おむすび』の世界が明るく柔らかくなる。まさに最年長のメードメーカーなのである。 本作の公式ガイド『連続テレビ小説 おむすび Part1』(NHK出版)にて松平は、「結の祖父・永吉は、家業の農業を手伝わず、話題の場所へすぐ出かけてしまう自由気ままなおじいちゃん。今まで演じたことのないキャラクターの役をいただいて、難しさや苦労よりも楽しさを感じています」と自身の演じる役どころについて述べたうえで、結役の橋本との関係にも言及している。「明るくてとてもいい子です」という発言からは、まだ若手である橋本に対する“ベテラン”の優しい眼差しが感じられる。松平は今年で芸歴50年だというのだ。 また同ガイドでは、永吉の息子である聖人役の北村有起哉との撮影現場でのやり取りについても語っている。「真面目で細かく考える息子・聖人と永吉はぶつかってばかり」と述べたうえで、「取っ組み合いのけんかをするシーンでは、アドリブを加えて少し長めに撮っています。北村さんは計算して細やかなお芝居をなさる方。本番ではリハーサルよりガーッと怒ったり、感情の変化を大きくしたりなさるので、それに私が対応する形ですね」と続けている。永吉は愉快で豪快なキャラクターだが、聖人に対してのみ、やたらと厳しい。視聴者からすると、松平側が北村に対して仕掛けているように見えたりするものだが、どうやら違うらしい。じつは松平は“受ける(仕掛けられる)側”のようなのだ。 たしかに、よくよく見ると彼らのやり取りで主導権を握っているのは聖人のほう。北村のほうだ。ふたりは劇中の親子関係を立ち上げながらも、“撮影現場の裏側”といえるものを、いっさい感じさせない。このような演技者同士の“業”により、一つひとつのシーンは作り手の意図に沿って成立しているのだ。本作は結が落ち込んだときなどに作品全体のトーンが暗くなるものだが、この自由奔放なムードメーカーが登場するたびに物語は明るさを取り戻してきた。劇中では極めて“天然”なキャラクターとして描かれているが、すべては松平のパフォーマンスありき。さすがである。 「マツケン」の愛称でも親しまれる松平は誰もが知る国民的俳優のひとりだが、朝ドラへの出演は意外にもこれが初。まだ私たちの知らないマツケン像を、いま垣間見せているところなのだ(ここでも“暴れん坊”といえばそうなのかもしれないが……)。これからも本作は結たちの暗い過去に言及するシーンがあるのだろう。この過去こそが、現在の結たちを作り上げているのだから。そのたびに“松平健=永吉”が、朗らかにムードを変えてくれるに違いない。
折田侑駿