国民にとって望ましいのは「実質賃金と生産性の好循環」 門間一夫
第一に、賃金や物価がともに下落するデフレには戻らないとしても、賃金と物価の持続的な上昇ペースにはなお大きな不確実性がある。2%物価目標と整合的なペースでそれらが上昇を続けるかどうかについては、物価・賃金データを今しばらく観察する必要がある。とりわけ、来年の春闘でも十分な賃上げが続くかどうかは重要なチェックポイントである。 第二に、より大きな問題として、賃金と物価がともに上昇するというだけでは低次元の循環にすぎず、それだけで「好循環」と言うのは適切でない。人々の暮らしにとって大事なのは、賃金上昇率が物価上昇率を「どれだけ上回るか」である。つまり実質賃金の上昇率が重要なのである。 そのためには、生産性の持続的な上昇が必要である。国民にとって望ましいのは「実質賃金と生産性の好循環」であって、そこには物価も2%物価目標も金融政策も関係ない。デフレから脱却すれば生産性が上がりやすくなるとは言えず、日本全体の生産性を上げるには別の政策努力が必要である。 具体的にどうすれば生産性が上がるのかについて、残念ながら明確な答えはない。「デジタルを活用すればよい」という単純な話でもない。ただ、高齢化により働き手が増えなくなることは確かなので、企業が国内での成長意欲を失わない限り、人への投資やビジネスモデルの再構築など、生産性を引き上げる創意工夫が出てくると期待できる。したがって、経済政策が持つべき視点は、企業の成長意欲を失わせないビジネス環境を国内にしっかり作っていくことである。 ◇日銀は円安への配慮を 円安の問題にも触れておきたい。円安が常に悪いとは限らないが、2年半で約40円もの円安には、やはり悪影響がある。最大の問題は、円安の恩恵を受ける一部のグローバル企業と、円安の打撃を受ける内需型企業や家計との間に、著しい非対称が生じることである。 多くの主要企業が最高益を上げる一方で、家計が物価高で苦しむという現象は、まさに円安の非対称な効果の表れという面がある。影響の出方がこれだけ非対称だと、円安が全体としてプラスかマイナスかという議論はもはや意味を持たない。円安でも円高でも大幅な為替変動は、それ自体として望ましくないと言える。