杉咲花主演「朽ちないサクラ」登場人物の内面が深堀りされた映画版 原作のテーマをより明確にするための改変で謎解きのカタルシスも強まった!
■映画で深掘りされたキャラのイメージで原作を再読!
一方、富樫の過去の追加には別の意味がある。原作では新興宗教団体により毒ガスのタブンが撒かれた事件が登場するが、その事件と富樫の関係は映画オリジナルだ。だが、それらの改変により、富樫という人物がぐっと深掘りされた。 杉咲花さん演じる泉もそうだ。彼女の場合は原作に書かれた過去の話は逆にカットされたが、「自分のせいで千佳が死んだ」という罪の意識を原作よりも前面に出してきた。終盤、千佳の母との会話は映画だけの場面である。 そのように原作よりも明確な方向性を登場人物に加えたことにより、原作のテーマがよりはっきりと浮かび上がった。ネタバレを避けるためざっくりした言い方になるが、たとえば警察の内部でも課によって追い求める対象は異なるし、立場によっても「何をすべきか」の選択は異なる。ふたりいれば2通りの、3人いれば3通りの価値観があり、正義がある。その葛藤と対立を原作は描いている。警察だけではない。新聞記者には新聞記者の正義があり、宗教団体にもおそらく彼らなりの正義があるのだろう。その相剋こそが本書のテーマだ。 正義の食い違いは、原作には映画以上に至る所に登場する。ある警察官の娘が保育士になったという会話の中で「子供より親との向き合いに、苦労しているみたい。いろんな親がいるから」と語る場面があるのだが、これもまた価値観の違いの一例だ。映画ではカットされた辺見のエピソードにも実はそのテーマが深くかかわっているので、原作で確認していただきたい。 安田顕さんの富樫と豊原功補さんの梶山という無骨なイケオジコンビに加え、萩原利久さん演じる生活安全課の若手・磯川(物語の癒やし! )もまた自らの正義感に従って行動する。映画で付与された彼らのキャラクターを念頭に置いた上で原作を読むと、泉はもちろん、富樫も梶山も磯川も、ぐっと解像度が上がるはずだ。さらに映画には登場しなかった数々のエピソードがある。そのひとつひとつに、作者によるメッセージが潜んでいることに気づくはずである。 なお、この事件のあとの泉についてはシリーズ第2弾『月下のサクラ』(徳間文庫)でどうぞ。『朽ちないサクラ』の最後に泉はある決意をするが、それを実現させた彼女に会えるぞ。ただ残念なのは、富樫は名前だけだし磯川にいたってはまったく出てこないのである。ぜひともシリーズを続けて彼らを再登場させてほしい。特に磯川……今回の映画化できっとファンが増えたはずなので! 大矢博子 書評家。著書に『クリスティを読む! ミステリの女王の名作入門講座』(東京創元社)、『歴史・時代小説 縦横無尽の読みくらべガイド』(文春文庫)、『読み出したらとまらない! 女子ミステリーマストリード100』(日経文芸文庫)など。名古屋を拠点にラジオでのブックナビゲーターや読書会主催などの活動もしている。 Book Bang編集部 新潮社
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