第4回 なんの変哲もない、魔法の石/燃え殻「もの語りをはじめよう」連載
もしかしてあのとき、僕は泣いていたのかもしれない。でも、記憶の中の僕は、とにかく笑っている。思い出せない。忘れてしまった。 ただ、心から嬉しかった気持ちを憶えている。 Mくんは突然神妙な面持ちとなり、「これは、なにがあっても無くさないでよ。守ってくれるんだから。なにかあったらギュッと握るんだよ」 そう言って僕に、碁石のように丸い、ツルツルした小さな白い石を渡してきた。 僕は受け取ったその石を強く握る。 あれから四十年以上経った。Mくんとはいまでも一緒に飲んだり、旅行をしたりする間柄だ。あの碁石のように丸い、ツルツルした小さな白い石は、いまでも実家の本棚に飾ってある。 イラスト/嘉江 デザイン/熊谷菜生
燃え殻