落合博満の恐るべき“危機察知能力” 「嫌な予感がする」「窓が」枕営業、酔っ払い…サイン会の旅で見せた『機転』
◇増田護コラム~人生流し打ち~ 敵はめっぽう多いが支持者も多い。それが「落合博満」という人である。脱線しながらも、筆者が見聞きしたエピソードでつづるシリーズ。1回目は危機を未然に回避した話を明かします。 落合博満さん、歌手としても活躍していた【写真】 ◇ ◇ ある雪国の和風旅館。深夜、中日に移籍したばかりの落合さんの部屋をノックするひとりの女性がいた。1987年1月のこと。小さくドアをあけた女性の表情はすぐ驚きに変わった。「なんであなたがここにいるの?」と筆者に言う。それ、こっちのセリフですよ。 その1カ月ほど前にロッテから中日に移籍した落合さんは各地でサイン会とレコード即売会、トークショーを開き、筆者は同行取材していた。話題の三冠王で、歌手として「サムライ街道」でデビューしたばかり。スーパーなど5カ所にのべ5000人が集まる人気イベントには、若手女性歌手が前座で出演していた。部屋をノックしたのはその人だった。 彼女は興行主に因果を言い含められていたようだ。いわゆる枕営業というやつだろう。ところが意を決して訪れた部屋には、昼間見た別の男がいた。では、なぜ筆者がそこにいたのか。話は2時間前にさかのぼる。 「おい、きょうは一緒の部屋で寝ようや。自分の部屋から布団を持ってこい」。夕食後、落合さんはそう言った。「嫌な予感がする」とも。布団の中でとりとめのない話をしていたところノックされたのだった。 男と女の話は水掛け論になりがちだ。だが第三者がいれば問題になりようがない。落合さんが不信感を抱いたのは「締めたはずの窓があいていた気がするから」だったそうだが、その嗅覚に舌を巻いた。 彼女たちの目的は何か。たぶん、お金とか脅しとかではなく、今後の営業や売り出しへの全面協力を取り付けようとしたのではないだろうか…。 さてサイン会の旅を終え、帰京する際にも落合流の危機管理能力が発揮された。2両編成のローカル鉄道。落合さんがいると聞いて隣の車両からやってきた酔っぱらいが「お、おめぇは~」とろれつの回らない言葉でからみはじめた。 面倒なことになった。そう思っていたら、落合さんは、おじさんのズボンが全開になっているのを見つけ、「ほらほら、だめじゃない」とチャックを上げてあげたのである。すると、おじさんは恥ずかしそうな顔になり、「ああ、がんばってな」と言い、ちょっとうれしそうに自分の席に戻っていったのだった。 一流には危機を察知するとともに、とっさの機転を利かせる能力が備わっていると知った夜だった。 ▼増田護(ますだ・まもる) 1957年生まれ。愛知県出身。中日新聞社に入社後は中日スポーツ記者としてプロ野球は中日、広島を担当。そのほか大相撲、アマチュア野球を担当し、五輪は4大会取材。中日スポーツ報道部長、月刊ドラゴンズ編集長を務めた。
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