女子高生殺人の証拠は「脅迫状」、でも逮捕された男性は文字が書けない…犯人と決めつけた捜査は「被差別部落の出身」だからか 無実を約60年訴える「狭山事件」
▽文字を学び、生きがいを得た 石川さんはその後、拘置所で文字を学び、自身の言葉で無罪を訴え続けた。支援者に手紙を書き、日記や短歌をしたためるうち、書くことは「喜び」で「生きがい」になった。その言葉は全国の支援者を励ました。その1人が、仮出所後の1996年に結婚する早智子さん(76)だ。 早智子さんは徳島県の被差別部落出身だ。出自を隠して就職し、いつばれるかとびくびくして過ごしていた。そんな中、石川さんが獄中で紡いだメッセージが苦しみから解放してくれた。早智子さんは「彼の言葉に多くの支援者が共鳴し、救いにもなった」と振り返る。 石川さんは今年1月に84歳になった。健康維持のためのランニングは、近頃は週2~3回のウオーキングになった。早智子さんは「今は自分がどれだけ動けるか確かめる作業になっている」。糖尿病の症状で目も見えにくくなり、早智子さんが口述筆記するようになった。 石川さんの心に引っかかるのは、死に目に会えなかった両親のこと。「事件発生の日は両親と夕飯を食べていた。2人は誰よりも私の無実を知っている」。仮釈放の立場では顔を見せられないと墓参りは避けてきた。ただ、残された時間は決して長くない。
▽部落差別が冤罪を生み出したのか 石川さんの「有罪」にはこれまでも多くの疑問が指摘されてきた。 弁護団は、「自白」は強要されたものと主張している。 被害者のものとされる万年筆は、徹底した捜索を経た3度目の自宅の捜索で、勝手口の「かもい」から見つかった。だが、この点に疑問を感じた弁護団は、ある実験をしている。 捜査経験のない大学生12人に、石川さんの自宅を復元したセットの中で万年筆を探してもらった。すると、全員が30分以内に発見した。とすると、もともと万年筆はかもいになく、何者かが事後的に置いた可能性が浮かんでくる。 弁護団はさらに、文化財の成分分析などに用いられる最新技術「蛍光エックス線分析」による万年筆インクの鑑定結果を基に、万年筆は被害者のものではないとも主張した。こうした調査の結果、有罪認定に疑問点がいくつも判明した。ではなぜ、石川さんが犯人とされたのか。 部落差別の研究者で、石川さんに関する著書を出版した静岡大教授の黒川みどりさん(65)は狭山事件を「部落差別の問題が集約されている。部落差別が生み出した冤罪だ」と説明する。