『放課後カルテ』とwacciの主題歌「どんな小さな」の親和性 「場面緘黙」がXトレンド入り
小学校を舞台にした『放課後カルテ』(日本テレビ系)では、児童や教師が勇気を振り絞って一歩を踏み出す瞬間が描かれている。その一歩がどんなに小さくても、〈君が選び歩いた道にしか咲くことのない花があるんだ〉と肯定してくれるのが、wacciが手がけた主題歌「どんな小さな」だ。 【写真】子どものハグに驚きの表情を見せる松下洸平 牧野(松下洸平)が場面緘黙の症状が見られる1年生・真愛(英茉)と向き合った第9話は、とりわけ主題歌との親和性が高い。ラストで、真愛もまた小さな一歩を踏み出す。その先に広がっていたのは、彼女を見守り続けてきた人たちの笑顔という花だった。 場面緘黙とは、社会的な場面でのみ声が出せなくなる小児期の不安障害の一つ。特に学校は1日中、不安に晒されてしまう場所で、家では両親の前で歌ったり踊ったりしている真愛が途端に黙り込んでしまう。音楽会に向けての練習でも声を出すことができない。 第9話の放送中には「場面緘黙」というワードがX(旧Twitter)でトレンド入りし、たくさんの当事者が自身の体験談と真愛への共感の声をあげていた。日本では500人に1人の割合で発症するとも言われ、それだけ多くの人が経験しているにもかかわらず、認知度が低く誤解も多い。真愛もみんなから無視していると勘違いされたり、母の彩(野波麻帆)も心配ともどかしさから「黙っていちゃわかんないんだよ」とつい責めるような言い方をしてしまっていた。 だけど、場面緘黙は脳の扁桃体が本人の恐怖や不安を察知し、身を守ろうと過剰に反応してしまうことが原因と言われている。こういう防御反応は本人の意思とは関係なく起きるもので、決して甘えや弱さではないのだ。
真愛(英茉)の不安を少しでも取り除くための牧野(松下洸平)の働きかけ
そのことを理解している牧野の周囲に対する働きかけが印象的だった。学校では不安から表情も固まってしまう真愛だが、意思や感情がないわけではない。だが、気持ちがわかりづらいゆえに心無い言葉も時にかけてしまう児童たちに、牧野は「されて嫌なこと、嬉しいことはみんなと同じだ」「おはようも、ありがとうも心の中で言ってる」と堅苦しくない言葉で根気強く説明する。 実際に、本当の真愛はおしゃべりで、歌うことも大好き。声にならない言葉はすべて、心の中にいる子ども向け番組のキャラクター・カピ太(声:内田真礼)が受け止めてくれていた。一方で、その存在が前に進もうとする真愛の抑制になることも。「無駄だよ、真愛ちゃんの声は届かない」「友達なんてできなくても大丈夫だよ」というカピ太から放たれる言葉は、真愛自身の不安が生み出したものなのだろう。 そんな真愛の不安を少しでも取り除くために、牧野は担任の芳野(ホラン千秋)に安心できる一番後ろの席に移動させてあげること、なるべく「はい」か「いいえ」で答えられる質問をしてあげることなどをアドバイス。彩に対しては焦る気持ちに寄り添いつつ、無理やり言葉を引き出そうとしたり、過剰に褒めたりするのも本人にとってはプレッシャーになるため、見守りが必要なことを告げる。そういう具体的なアドバイスは医師だからこそできるもの。あらためて、学校に学校医を置くことの意義を感じた。 牧野の働きかけによって、芳野から「変えましょう、学校も音楽会も真愛ちゃんが笑える場所に」という言葉が出てきたのは一つの希望だ。どうしても学校は協調性を身につける場所として、生徒に変わること、みんなに合わせることを強要してしまう。だけど、それでは誰かを押し潰してしまうことに繋がりかねない。そうではなく、学校をみんなが自分らしく笑顔でいられる場所にするためにはどうすればいいかを教師と児童、そして保護者が一緒になって考えていく方が子どもたちの心も育つのではないだろうか。 牧野は先頭に立って学校を変えていくタイプではない。だけど、不器用だけど一生懸命に児童と向き合うその背中が自然と周りを変えていく。当初、真愛に怯えられ、彩からも「真愛は牧野先生みたいなタイプは怖い」と言われていた牧野。だけど、真愛に喋ることを強要せず、心を和ませようと交換日記に慣れない絵を描いた牧野の不器用な優しさは本人にも伝わっていた。真愛がバッタに驚いて、咄嗟にその背中に飛びついたのは牧野に対して信頼を置いている証拠だろう。 大事なのは、たくさんの不安を抱える真愛にそうやって少しでも安心できる場所を増やしてあげること。先生たちや彩の根気強いサポートにより、真愛は少しずつ自分の言葉や気持ちを声に出せるようになっていった。 子どもも大人たちの背中をちゃんと見ている。席替えで真愛の前の席になった未沙(沢田優乃)は幼いながらも自分にできることを考え、真愛に寄り添っていた。そんな未沙が音楽会で声を出せずにいる真愛の手を握り、何度も笑顔を向ける姿に涙が出そうになる。 真愛は最後まで歌うことはできなかった。だが、かすかに口が開き、芳野が作った声が出せなくてもできる振り付けをみんなと一緒に踊る。その壁を乗り越えたのは、真愛自身の力だ。でも、そこには周りのサポートが不可欠で、牧野が言う通り、それは本人にとって大きな力となる。真愛が踏み出した一歩は他人から見れば小さな一歩かもしれない。だけど、多くの人を笑顔にし、真愛のこれからの人生を支える大事な一歩になったに違いない。
苫とり子