錦織は鬼門のクレーシーズンを乗り越えられるか?
バルセロナで開催されている『ワールドツアー500』カテゴリーの大会で錦織圭のクレーシーズンが始まった。先週のモンテカルロ・マスターズに出場した多くのトッププレーヤーたちより1週遅れてのスタートだが、連覇を狙う重要な大会で第1シードとして順当にベスト4へと駒を進めている。 錦織とクレーコートとの相性は、簡単に言い表すことができない。ジュニア時代からクレーが大好きだったというが、いつからか苦手のサーフェスになった。「昔、クレーで勝ちまくったという印象がある」と以前振り返ったように、ジュニア時代、国際大会で初めて優勝したのはモロッコでのクレーコートだった。 その2ヶ月前にはやはりクレーで先にダブルス優勝を果たしている。いずれも14歳のときだ。グランドスラム・ジュニアでの唯一のタイトルは16歳だった06年の全仏オープンのダブルスで、その2週前にもイタリアのクレーでシングルス準優勝している。 球足の遅いクレーではラリーが長く続き、多彩なショットの組み立てを楽しむことができる。多くの選手は、バウンドの高いショットに対応するためベースライン後方に下がっているため、錦織が得意なドロップショットも有効だ。錦織がクレーを好きだったというのはよくわかる。 しかし、いつからか苦手意識が芽生えたという。 「プロになってから、クレーの大変さに気付いてしまった。フィジカルが大切だし、その中でさらにいろんなテクニックやしぶとさが必要になってくる」 そう話したのは2013年の全仏オープンだった。その年のベスト16が、錦織にとっての全仏オープン最高成績である。 長いラリー、長い試合が必然のクレーコートで求められる忍耐のレベル、フィジカルのレベルは、ジュニアとプロとでケタが違った。特に、体への負担が大きいことが、ケガが多かった錦織のクレーに対する苦手意識を増幅させたのだろう。 実際、戦い方とか勝ち負けの問題以前に、クレーシーズンをフルに戦いきれなかった年が多い。初めてトップ50入りした2011年以降、マスターズシリーズのマドリードとローマ、そして全仏オープンの3大会を全て欠場も棄権もなくプレーした年は、2013年の一度しかない。