“液状化”内灘町は今 完了は2割…「公費解体」で孫も涙 町に残るか、離れるべきか? 能登半島地震まもなく1年『every.特集』
■現場を見た専門家「液状化に強くない」
そもそも、なぜ内灘町では液状化の被害が起きたのでしょうか。 解体を終えた鈴木さんの家の跡地を取材すると、水が出始めていました。重機で土を50センチほど掘ると、その場に溜まるほど大量の水がわき出してきました。 この状況を、液状化に詳しい金沢大学の小林俊一准教授に見てもらいました。小林准教授は「(ここは)すぐ出るんですね。掘ったらすぐに出てくるのは、地下水が浅くて地表に近いからだと思います。液状化に対して強くないことがわかります」と解説します。
■かつては水田…内灘で液状化ナゼ?
この地域は、もともと水田だった場所。そこが約60年前、住宅地として開発されました。専門家によると、地下水が地表からごく浅い場所にあったため、液状化現象で泥水や砂が大量に噴きだし、住宅や道路などの大きな被害につながったといいます。 小林准教授 「液状化を受けたからといって、地盤が強くなることはありません。再液状化といって、液状化が起こった場所は、また起こる。それは念頭に置いておかないといけないと思います」 住民たちは町に残るか、それとも離れるべきか、決められない状況が続いていました。
■ドアが勝手に動き、隙間は拡大
岡部清枝さん(72)も、その1人です。夫と25年間暮らしてきた家に、液状化被害に遭った後も住み続けています。家の中を見せてもらいました。 家が歪(ゆが)んだためか、ドアが勝手に開いてしまうようになったといいます。 岡部さん 「自動ドアです。寝てても引きずられるような気になる」 中でも被害が大きかったのは、家の前の駐車場。50センチほど地盤が沈み、道路との間に、大きな隙間ができたといいます。 その隙間について岡部さんは「(最初は)隙間はそんなになかった。だんだん広くなっていっている。(地盤は)下に落ちたし、(隙間は)広がっていった」と語ります。 岡部さんが地震翌日に撮影した写真を見ると、当時は駐車場と道路の隙間は狭く、高さもそれほど変わりません。しかし今回私たちが撮影した映像と比べると、明らかに隙間が広がっています。 小林准教授は「亀裂が広がるのは、液状化の後、不安定なまま残っていた土があり、それが変形して隙間が広がっていった(から)」と説明します。液状化によって緩んだ地盤が、その後の余震や雨などによって動き、さらに隙間が広がったと指摘します。
■「この場所で暮らしたい」との思いも
「常に不安。ガタっていっても怖いし、いつまでいられるかもわからないし、どうしていいものかね…」と岡部さん。引っ越しを考えているものの、「この場所で暮らしたい」という気持ちも残るといいます。 液状化対策を含む具体的な復興計画が示されない中、住民たちにとって、なかなか次の一歩を踏み出せない日々が続いていました。 (11月5日『news every.』より)