なぜ日本の賃金は上がらず、諸外国の賃金は上がっているのか? 背景に、定期昇給ありの日本と、ジョブ型社会の諸外国の違い
上げなくても上がるから上げないので上がらない賃金
そう、その毎年二%の賃金引上げというのは「定期昇給込み」の数字だからです。第2部で見たように、この三〇年間というのは、賃金の上げ方という観点からすれば、「ベアゼロと定昇堅持の時代」でした。一人ひとりの労働者(正社員)からすれば、ベースアップはなくても毎年自分の賃金は上がっていくのですから、まあこれくらいで仕方がないな、と思えたのかも知れません。 でも、その定期昇給というのは、労働者個人にとっては確かに自分の賃金額の引上げではあるのですが、それを全部足し上げたら、労働者全員の賃金は全然上がっていないのです。まさに七〇年前の一九五四年に関東経営者協会が述べたように、「個々の労働者はエスカレーターの各段階、即ち基準線の一定の所に位置し、年々職務遂行能力の上昇によって、段階を昇って行くが、最上段の労働者が企業外へ離職して行き、新たにその代りに最下段に新しい労働者が入り、エスカレーター全体いわば人件費総額は内転して常に一定である」のです。 労働組合の激しいベースアップ攻勢に苦しんでいた当時の経営者側が、何とかしようとひねり出したこの絶妙のアイディアは、しかしながらそれから四〇年間実現することはありませんでした。労働組合側は当然の権利としての定期昇給に加えて毎年高率のベースアップを要求し、実現させてきたからです。 ベースアップとは、内転するエスカレーター自体をクレーン車でもってぐいっと上に引き上げるものです。これにより、日本の労働者の賃金は個人的に定期昇給するだけではなく、それ以上に毎年ベースアップにより全体として上昇していき、それらを全部足し上げたマクロ経済的な真水の賃上げ部分として、日本人の賃金水準自体を右肩上がりに引き上げてきたのです。 ところが一九九〇年代以降、「ベアゼロと定昇堅持の時代」に突入すると、このエスカレーターは空間上の同じ位置でただぐるぐると回るだけになってしまいました。エスカレーターに乗っている個々の労働者(正社員)の目には、自分の賃金が毎年上がっているように見えても、全体では全然上がっていないという、手品の仕掛けはまさにここにありました。 この事態をいささか風刺的に表現してみるとするならば、「上げなくても上がるから上げないので上がらない賃金」ということになるのではないでしょうか。