「仏教に何ができる」 能登地震の被災者へ 僧侶が歌に込めた思い
「私に残っているのはこれだけ」。ただスマートフォンを見つめる姿に、何も言葉が出てこなかった。 【写真特集】元日の地震から一変 豪雨と二重被災した孤立集落で見た爪痕 能登半島地震から間もなく1年。自らも被災しながら支援活動を続けている石川県小松市の僧侶、日野史(ふみ)さん(49)は、避難所でのある女性との出会いが胸に深く刻まれている。 悲嘆の中にいる人に仏教は何ができるのか。宗教は無力ではないのか。自問しながら、12月初旬、被災者向けに開いた法話会でマイクを握った。 ◇「何かしていたいから」 「あれほどの揺れは人生で初めてだった」。元日、日野さんは自坊である真宗大谷派・西照寺で、両親や住職で姉の直(すなお)さん(52)らと過ごしていた。新年の参拝者の対応などを終えてほっとしていた午後のだんらん中、スマホがけたたましく鳴り響き、ドンと強い揺れに見舞われた。 小松市では震度5強を観測。家族は無事だったが、築約100年の本堂は土壁が落ち、浄土真宗を中興した蓮如上人をまつる厨子(ずし)が壇から落ちて損壊した。ただそれ以上に、能登半島で被災した人たちのことが気になった。 寺で子ども食堂を開いており、県内各地で子ども食堂を開く人たちとのネットワークがある。1月6日深夜、仲間たちと5台の車に約1500人分の炊き出しの材料や毛布などを積んで輪島市へと向かった。 7日朝、たどり着いた避難所には着の身着のままの人々がひしめき合っていた。炊き出しや支援物資の整理、体調不良の人の世話――。せわしなく動いている中、一人の避難者が自分たちの作業をさりげなく手伝ってくれた。 少し年上に見える女性で、手にスマホを握りしめていた。落ち着いたタイミングで「どちらからですか」と声を掛けてみた。女性は、火災に見舞われた同市の「朝市通り」から来たこと、家は焼け、家族全員が亡くなったことを淡々と語った。「私に残っているのはこれだけ」とスマホを見つめ、「何かしていたいから、お手伝いさせて」と言った。 日野さんは何も言葉を返すことができなかった。「僧侶でありながら自分はなんと無力なのかと痛切に感じた。宗教の力って何なんだろう、って」 その後もほぼ毎週、支援のため被災地に通ったが、自分が僧侶だと明かすことはほとんどなかった。 ◇「心を軽くするお手伝いを」 気持ちが少し動いたのは3月の終わり、珠洲(すず)市の避難所で出会った高齢男性の言葉がきっかけだった。名刺を渡すと、「あんた坊さんやったんか。わしな、そろそろ法話が聞きたいんや」と言った。能登は信仰のあつい人が多いと知ってはいた。厳しい状況の中、仏教を求めている人もいることが胸に染みた。 日野さんは5年ほど前から、有志の僧侶たちによる「H1(エイチワン)法話グランプリ」の実行委員を務める。宗派を超えて若手僧侶が法話を披露し合い「もう一度会いたいお坊さん」を決めるイベントだ。会議で「被災地で法話会をしたい」と提案すると、全員が賛同してくれた。「特定の宗派に偏らない法話会なら、多くの方が気軽に参加でき、心を少し軽くするお手伝いができるのではと思った」と語る。 そして12月3日。孤立予防など社会課題に取り組むNPO法人「クロスフィールズ」(東京都)が広域避難者らを対象に開催する連続イベントの一環として、法話会が開かれた。会場の真宗大谷派金沢別院(金沢市)には約20人の避難者が集まった。 高野山真言宗・一乗院(石川県穴水町)住職の一二三栄仁(ひふみ・えいにん)さん(47)は、自らの被災体験を紹介したうえで「いろいろな存在に支えられて生かされているという感謝の心を忘れないで」と呼びかけた。 実行委員で天台宗・萬福(まんぷく)寺(宮崎県国富町)住職の永井義寛(ぎかん)さん(45)は、極楽浄土では色とりどりの花がそれぞれの色で光るとお経に書いてあることから「それぞれの個性がそのままで素晴らしいということを伝えている。あなたはありのままで大丈夫。あなたでないと照らせない場所がある」と語った。 ◇災害の被災地で歌い継がれた歌 日野さんは、直さんの弾く電子ピアノに乗せて歌を披露した。1995年の阪神大震災を機に生まれた「満月の夕(ゆうべ)」だ。2011年の東日本大震災や16年の熊本地震の被災地でも歌い継がれてきた曲。「つらさを胸に抱えながら、それでも多くの人が立ち上がり、あすを生きてきた」。そんなことを思いながら歌った。 手拍子の中、涙をぬぐう人もいた。輪島から金沢へと避難している下沢ヤス子さん(82)は「今の暮らしに不満はないけど、不安ばっかり募る。戻りたい気持ちと戻りたくない気持ちがあるのよ」と複雑な心境を明かしながら、「法話が好き。こういう場があると、ちょっと明るい気持ちになる」とほほ笑んだ。 会を終えても、日野さんの「何ができるか」という問いへの答えは出ない。「『満月の夕』に『言葉にいったい何の意味がある』という歌詞があるように、法話や歌に込めた思いが届かないこともある」。それでも、伝える場を開き続けることが大事だと感じている。「いつかふと届く時が来る。諦めずに、被災地に関わり続けたい」 来年1月16日にも、同別院でH1実行委の僧侶たちによる法話会がある。問い合わせはクロスフィールズ(03・6417・4804)。【花澤茂人】