アシッド・ジャズを今こそ再検証、ガリアーノが語る再結成とムーブメントの裏側
不変の社会的メッセージ
―アーチー・シェップ、ファラオ・サンダース、ロイ・エアーズなど、あなたがサンプリングしたアーティストの中には、その音楽に社会的なメッセージが含まれていましたよね。ガリアーノにとってもメッセージ性は重要だったのでは? ロブ: 80年代のポストパンクも政治的な背景から誕生した音楽だったし、音楽には社会的なメッセージを含むものが多い。80年代のイギリスでは、ポール・ウェラーやビリー・ブラッグなどが集まり、炭鉱労働者のストライキを支持する「レッド・ウェッジ」という動きがあって。 ヴァレリー:「ロック・アゲインスト・レイシズム」も大きなムーヴメントだった。 ロブ:レゲエにも社会的なメッセージが込められていたしね。『バビロン』のような映画もあったし。 ヴァレリー:『ハーダー・ゼイ・カム』も。 ロブ:社会に向けて、何らかのメッセージを発信していたものばかりだ。僕らはそんな時代背景で育ったんだよ。そして、アメリカのアーティストたちと繋がるにつれて、彼らのメッセージもイギリスのものと共通しているものだとわかってきた。 ヴァレリー:カーティス・メイフィールド、ダグ・カーン、ジーン・カーンに代表されるような70年代前半のレコードは、人種差別に対する暴動や、貧困生活という実話がベースになっていたから非常に政治的だった。私はそういう作品に大きな影響を受けた。それからフリージャズのムーブメントにもね。 ロブ:その通りだね。僕らが興味関心を持っている音楽が発信してきたメッセージには重なるものが多かった。また、戦略として政治的思想というものは、ある地点からまた各自が違った方向へと広がっていく。ジャラルには彼特有の視点があり、彼なりの抵抗の仕方があった。それは例えば、ロイ・エアーズの視点や、抵抗の仕方とは全く違うものだっただろう。同じように、カーティス・メイフィールドもまた少し違ったアプローチがあった。僕らはあらゆるものに影響を受けてきたよ。今でもそうだ。 では、現在の政治は一体どうなっているのかという話になるわけだが……ざっくりした言い方になるけど、今は全てが政治的だ。イギリスではつい先日、新政権が発足したのでハッピーだったけど、そのあとすぐにアメリカで起きた事件(トランプ銃撃)を見て「なんてことだ」と思う。政治はそんなふうに続いて行くものだ。 ―僕の手元にある『Straight No Chaser』(クラブジャズのバイブルと呼ばれたイギリスの音楽誌)に掲載されたインタビューで、あなたとブラザー・スプライはファシストの増加、人種差別、移民、環境問題、大量消費について語っています。2024年の発言と言われたら信じそうな内容ですが、32年後の今日、世界が何も変わっていないどころか、むしろ悪化しているような状況であることも、再びガリアーノが動く理由かなと思ったのですが、いかがですか? ロブ:当時の歌詞を振り返るのは興味深かったね。ただ、怒りを感じるところもある。例えば、環境問題については、当時から何かしらの対策が必要なことは分かっていた。だが、現在も訴訟を抱えている石油会社エキソンモービルは、あえて、その情報や対策案を隠蔽したという。30年前の話だよ。政府や石油会社が、新技術を否定するのではなく活用していれば、僕らはこのような危機に現在直面していなかったかもしれない。今ではかなり早急にエネルギー対策を進めていかなければならない状況になっている。ただ、それでも政府や企業によって圧力がかけられているのは変わらない。 当時のガリアーノの歌詞が、今でも当てはまるというのは失望させられる。あのころ、しっかりとその課題に対して取り組み、行動するべきだった。まあ、少しずつ改善はされているようだが……化石燃料を段階的に廃止して、再生可能エネルギーに移行していくという方針は非常に重大だが、それを30年前に行動に移していれば、どれだけのことができたのだろうかと思う。 その話でいうと、僕らはデジタル期(ネット世代)よりも前世代の人間だということもできるよね。 ―というと? ロブ:先日、マイケル・ライリー博士と話してたんだ。以前、スティール・パルスというレゲエバンドに参加していた人物で、今は博士号を持っている。彼が言っていたのは、最近ではAIがウェブスクレイピング(ウェブサイトから情報を抽出すること)できるようになったということだ。また、デジタルで積極的に録音・記録をしてない組織や団体、さらに、デジタル素材をウェブ上にアップロードしていない組織は、現代の世界において、ほぼ存在していないことになるとも言っていた。黒人女性の権利に関する話題の流れでそういう話になったのだが、とても興味深いことだと思った。デジタルの世界で存在するには、何かしらの情報をウェブ上にアップロードしなければならないーーこれはガリアーノにも関係する話だ。 このインタビューの冒頭で、君は「ガリアーノについての情報がネット上にあまりないから、基本的なことから改めてお話を伺いたい」と言っていた。ある意味、ガリアーノもデジダル世代以前に活動していたから、デジタル界においては存在していないのと同じなんだよ(笑)。だから今回、カムバックという形にはなるのだが、全くゼロの状態から始める感覚に近いんだ。 ヴァレリー:そうね。解散後に生まれた若い人にとって、ガリアーノは全く新しいバンドになるんだから。私たちがここ1年で公開したコンテンツを見聞きして「新しいバンドだ!」と思ってもおかしくない。それだけのタイムラグがある。 ロブ:全ては時間との戯れだ。そして、音楽というものは、時間と戯れることのできる様式芸術だと思う。人間の記憶と音楽が合わさると、時間というものを感じ取ることができるはずだ。他の芸術様式では、あまりその感覚はないんじゃないかな。先ほど話していた、音楽が政治的であるというのは、そのことも関連しているのかもしれないね。 年を取るにつれて、当時のことを振り返ったりして、とても興味深いなと感じるんだ。政治の話を続けると、やはりSNSの影響が大きい。もし、SNSやエコーチェンバー現象が存在していなかったら、トランプのような人間があれほどの勢力をつけることができただろうか? SNSとエコーチェンバー現象は30年前にはなかったもので、とても興味深い分野だ。 ヴァレリー:インターネットは全てを学ぶこともできる一方で、全く何も学べないところもある。人々は自分の情報をネット上で開示しているけれど、それが本当かどうかも分からないし、それが全てではないかもしれない。そうでしょ? ロブ:僕たちは情報に溺れているという状況だ。情報を持っていることよりも、むしろその情報をどう使うかが大事になってくる。この話題だけでインタビュー記事が丸々作れてしまうから、それはまた次の機会にしよう(笑)。 ―最後の質問です。2024年に再び動き出したガリアーノは、ガリアーノらしさをどういうところで表現しているんでしょうか? ロブ:ガリアーノの魅力というのはグルーヴであり、ひとつの空間に集まって一緒に演奏することだ。僕たちはガリアーノというグループの声を再び宿らせようとしている。 ヴァレリー:そう、ライブ演奏すること! ロブ:グルーヴは身体を動かしてくれる。踊らせてくれる。他の人間と一緒に踊るときに味わう感覚や、他の人とつながっているという感覚……それはグルーヴから得られるものだ。デジタルは(ヘッドフォンで音楽を聴くように)自分の頭の中に入り込んでいくイメージで、人間どうしの隔離を促しているのかもしれない。それに対し、グルーヴやダンス、身体、そして身体に宿る精神は、一体感を促すものなのかもしれない。その一体感が僕ら人間を救ってくれるものなのかもしれない。 ヴァレリー:私としては、「再始動」というよりよりも「新生(rebirth)」みたいに考えている。30年も経っているんだから、もはや全く別物。「再び誕生したグループ」として考えるのが素敵だなと思ってる。 --- ガリアーノ 『Halfway Somewhere』 発売中
Mitsutaka Nagira