「AIが対戦した棋譜は美しくない」羽生善治が語った、人の非合理的な美意識
AIに指示をすると簡単に絵や文章、動画を作ることができる昨今。これから全ての職業がAIに置き換わってしまう未来が来てしまうのだろうか。我々人類の生き残りの鍵を握っているのは、意外にも非合理的な美意識にあるのかもしれない。“ノーベル賞科学者”山中伸弥と“史上最強棋士”羽生善治の対談集『人間の未来 AIの未来』(山中伸弥・羽生善治著)より抜粋して、人間とAIの今後についてお届けする。 【写真】山中伸弥が語った、日本だけで売られる「悪夢を見る薬」のヤバすぎる実態
人間の美意識が選択の幅を狭める
山中 将棋の勝ち負けではコンピュータが人間よりもどんどん強くなっている ということでしたが、人間同士が対戦した棋譜と、コンピュータが対戦した棋 譜に、人間から見て面白さとか自然さとかの違いはあるんですか。 羽生 現在のAIはまだ時系列では処理していないんです。つまり対局の流れで はなくて、一手ずつその場面その場面で、いちばんいい手を指していきます。 そこには流れがないので、人間から見ると、AIの棋譜を不自然に感じます。そ こが多分、もっともAIに違和感を覚えるところですね。 山中 人間の思考法とは根本的に異なるわけですね。時系列というと、いわゆ る定跡ということになるんですか。 羽生 定跡というよりは、例えば人間の棋士は「じゃあ持久戦で行こう」とか 「急戦調で攻めていこう」といった方針、方向性を持って考えていくので、指 し手にそれが反映されるんですね。AIは常に一手ずつリセットして考えていく ので、どういう流れでその局面にきたのかは、まったく関係ありません。つま り、そこには継続性とか一貫性というものがないわけです。 だから人間からすると、「AIが対戦した棋譜は美しくない」と感じるわけです が、でも最近はその時系列をAIに学習させようとする試みもなされています。 だから戦い方もけっこう洗練されてきていますね。まさかコンピュータにこれ はできないだろう、ということも、いろいろやってくるんですよ。 山中 ということは、将棋ソフトの指し方もどんどん美しくなっていくんでし ょうか。 羽生 そこはAIの問題というよりは、人間のほうが何を美しく感じるかという 美意識の問題のほうが大きいかもしれません。棋士が次に指す手を選ぶ行為は 、美意識を磨くことにかなり近いものなんです。盤面にある手を指す選択肢が あったとしても、人間の棋士は「美しくない」とか「形が気に入らない」とい った理由で選ばないわけです。逆に言うと、盤面の好形、愚形といった形の良 しあしをきめ細かく見分けて鍛えていくことが「将棋が強くなる」ことでもあ るんですね。 山中 へー、将棋が強くなるのは、美意識を磨くことだったんですか。 羽生 ところが、AIは網羅的で盲点がないだけに、そういう人間の美意識とは 合わない、違和感のある形の手を提示します。その多くは、人間から見ればほ とんど無意味だったりします。その意味では、もしかしたら人間の美意識が、 指し手の選択の幅を狭めているのかもしれません。 でもAIの考えを取り入れていくうちに、人間の美意識そのものが変わる側面も 出てくるでしょうね。技術革新でそういうものを取り入れることは当たり前に なっていくと思います。すると、これまでの感覚で「美しくない」として選択 から除外していた手が、「指してみると、意外とこれもいけるんじゃないか ?」と受け入れられることも今後あり得ます。