3A最多勝 村田の前にメジャーの壁
インディアンズ傘下の3Aチームにいる村田透(30)が15勝を挙げて、マイナーリーグのインターナショナル・リーグで最多勝を獲得した。4敗しかしておらず、防御率も2.90と非凡だが、これがメジャー入りの切符となるのかどうか。 その最多勝の価値を検証するため、まずは過去の例をたどる。2005年以降、3Aの両リーグ(パシフィックコースト・リーグ、インターナショナル・リーグ)で最多勝を獲った投手は、その後どんなキャリアを送ったのか。 それを表にまとめたが、最多勝が一時的なメジャー昇格に繋がっても、必ずしもその後の定着を保証するような礎とはなっていない現実が、浮き彫りとなっている。
いくつか、例をみる。まず2005年、パシフィックコースト・リーグで12勝(6敗) を挙げて最多勝を獲得したクリス・オプスプリングという名前には聞き覚えがあるかもしれない。そう、その翌年に彼は、阪神と契約した。当時はまだ28歳だったが、日本へ移籍したということは、メジャーでは行き場がなかったか。その阪神では、わずか4勝に終った。 同年、ジェイソン・スコビーという投手は、メッツ傘下の3Aチーム(インターナショナル・リーグ)で15勝7敗、防御率3.34という成績を残したものの一度も昇格できず、その後もマイナー暮らしが続くと、キャリア晩年は韓国へ渡った。彼の場合は25歳とさらに若かったが、メジャーでは通用しないとメッツには映ったのだろうか。
2010年には、インターナショナル・リーグでリチャード・デロス・サントスが14勝5敗をマーク。26歳の時だったが、それがキャリアのピークだった。2013年、やはりインターナショナル・リーグでJ.D.・マーティンが16勝4敗、防御率2.75という好成績を残したものの昇格できず、翌年、韓国へ移籍している。 表には載っていないが、かつてヤンキースで活躍し、2006年には19勝でア・リーグの最多勝投手となった王建民は昨年、最多勝ではなかったものの、13勝8敗とまずまずの成績を残したがメジャー復帰は叶わず。今年はシーズン途中からマリナーズ傘下の3Aチームへ移籍。そこでは4勝5敗に終り、来年3月に36歳になることも考えると、メジャー復帰は絶望的となった。 もちろん、マイナーの実績が評価され、9月のロースター拡大に伴って昇格を果たした投手は少なくない。しかしながら、それが最後のメジャー生活というケースも同様に多い。