「農薬を使った野菜は危ない」論に有機農家が乗らない理由
そもそも有機農業とは何か
僕の考える「有機農業とは何か?」をご説明します。 僕は有機農業を、「生き物の仕組みを生かす農業」と定義しています。最近では植物工場のように、生き物の仕組みに頼らないタイプの農業技術も開発されていますが、有機農業では自然の仕組みにできるだけ逆らわず、生き物、特に土の微生物の力を生かすことを重視します。このような考え方は、ヨーロッパではビオ農法などと呼ばれています(アメリカではオーガニックという言葉を使う)。日本語では生物学的農法と訳されていますが、「有機」よりもビオ(bio=「生」「生命」)という言葉の方が僕の言っている「生き物の仕組みを生かす」を率直に表現していてしっくりきます。 生き物は単独では生きられません。動物と植物、植物同士、植物と土の中の微生物はそれぞれ互いに影響し合い、共生しています。たとえば土壌微生物の中には、植物の根に棲(す)み付き、根から炭水化物をもらいながら、土壌から養分を取り込んで根に供給しているものがいます。弱肉強食の単純な力関係だけが自然の摂理ではありません。無数の生き物が相互に作用しながら、複雑なネットワークを形成して生態系全体を強く豊かにしているのです。それぞれの生き物が持つ機能、それが全体で回るシステム、これらを積極的に生かそうというのが有機農業の考え方です。 土と植物の関係はまだ分かっていない事も多いのですが、知れば知るほどそれがいかに上手(うま)くできているかに感心します。そのシステムの、単純なようで複雑、脆(もろ)いようで強いさまに驚かされます。そうした生き物のしたたかさを利用しない手はない、というのが有機農業の基本的な考え方です。
有機野菜は「健康」な野菜
「安全な野菜じゃないなら、有機野菜ってどんな野菜なの?」 そんな質問が聞こえてきます。食べ物としての安全性の文脈で語られる事の多い有機野菜ですが、そこは本質ではありません。既に述べたように、有機野菜と一般の野菜は安全性については違いがありません。 有機野菜は安全な野菜ではなく「健康な野菜」であるべきだ、と僕は考えています。「健康な野菜」をもう少し丁寧に説明すれば、「その個体が生まれ持っている能力を最も発揮できている野菜」ということです。そして、健康に育った野菜は栄養価も高く美味しい。もちろん栽培の前提として、栽培時期、品種、鮮度の3要素が満たされているのは当然です。健康に育てることは、その先の話になります。 作物を健康に育てるためには、畑の生き物を多様に保つのが近道です。特に、土の中の微生物の数と種類を増やすことが、質の高い作物を安定してつくることに大きく寄与します。先に述べた通り、生き物は相互に機能を果たしていますので、農業生態系においても畑の生き物を増やすことは、生産力や病害虫に対する抵抗力を高めます。僕が農薬を使わないのは、その生き物を殺したくないからです。特に土壌消毒と呼ばれる殺菌剤は、土の微生物を根絶やしにしてしまうもので、許容できません。倫理的に許せないとか、環境保全の観点から駄目だというのではなく、力を借りるべき生き物を減らすのは栽培者自身にとって合理的ではない、というのがその理由です。実利的に考えるからこそ、農薬は使わないというのが僕の立場です。
久松達央(ヒサマツ・タツオウ) 1970(昭和45)年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、帝人(株)で輸出営業に従事。1999年、農業へ転身し、久松農園を設立。年間50品目以上の旬の有機野菜を栽培し、会員消費者と都内の飲食店に直接販売をしている。著書に『キレイゴトぬきの農業論』『農家はもっと減っていい~農業の「常識」はウソだらけ~』『小さくて強い農業をつくる』。 デイリー新潮編集部
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