「放射」の権力と「包容」の権力──現代社会制度形成の原点・第一生命ビル
第三帝国の様式
しかし第一生命ビルの列柱はギリシャ風とはいえない。そのシンプルな角柱はたしかにモダンな感覚である。そこで思い浮かぶのが、ドイツ第三帝国の様式なのだ。 国家社会主義ドイツ労働者党の建築家アルベルト・シュペールの才能は、いくつものサーチライトを天に向かって並べ、光の列柱によって党大会を盛り上げ、群衆はその崇高感に酔いしれた。彼はその功績によって軍需相にまで上り詰め、ベルリンを、古代ローマを彷彿とさせる古典主義建築で埋める詳細な計画を立てていた。また、軍関係のデザインには、機能を重視するシンプルなモダニズムが適用された。つまりこの時期のドイツには、帝国権力を象徴する古典主義と、機能的なモダニズムが融合一体となっていたのだ(専門的にいえば、表現主義モダニズムと三つ巴であり、その対極として微妙に形成された)。 第一生命ビルが設計され建設されたのは、5・15事件(1932)、2・26事件(1936)と、まさに日本が軍国化し、日独伊三国同盟(1940)に向かう時期である。設計者の渡辺仁がドイツの動向に無関心であったとは思えない。
権威・権力の二つのタイプ
実用の思想が徹底した今では、建築とは居住と使用の機能を第一に考えるべきものということを誰も疑わない。しかし人類の長い歴史において建築は、神殿や宮殿など、公共建築でさえ、ある権威の象徴として建てられることが多かったのだ。 分かりやすい例が宗教であり、その「大屋根」である。 ローマン・カトリックのヴォールト屋根(蒲鉾型)、ギリシャ正教、イスラム教のドーム屋根(半球型)、日本の仏教建築のソリのある傾斜屋根(木造)など、つまり世界宗教においては、壮大な屋根が権威の象徴であった。それは、人々をその教義の内に包み込むという「包容」の権力である。 もうひとつの権威の象徴が「列柱」である。 西洋では前述のようにグリーク・カラムが象徴的だが、木造建築の日本でも、宮殿や政庁に建ち並ぶ太い柱は、ある種の権威の象徴でありつづけた。それはその外部にいる人々に力を放つ「放射」の権力である。 西洋では、建築に限らず、美術、文学、音楽などにおいても、ギリシャ神話とキリスト教の二系統がそのモチーフを形成している。 どちらかといえば主知的、理論的なギリシャ思想を背景とするグリーク・カラムが、議会や政庁や大学や銀行や図書館、美術館(博物館)などの建築を構成し、その典型的なものをクラシック(古典主義)様式という。 一方、人間の神秘的、情緒的な側面を背負うキリスト教において、ローマン・カトリックの教会建築は、ヴォールト屋根を基本とするロマネスク、ゴシック様式と発達し、ギリシャ正教の建築は、ドーム屋根を基本とするビザンチン様式となり、ロシア正教に受けつがれた。 そう考えると、世の中の「権威・権力」の現れ方には、二つのタイプがあることが分かる。 外への「放射型」と、内への「包容型」である。 端的にいえば、政治のそれは前者、宗教のそれは後者。資本のそれは前者、社会のそれは後者。教師のそれは前者、両親のそれは後者であろう。