何が違う?「フィンランドのインクルーシブ教育」 日本に求められる「社会モデル」への意識転換
「社会モデル」に基づいたインクルーシブ教育とは?
近年、インクルーシブ教育に力を入れて取り組む自治体や学校もあるが、2022年に国連から是正を勧告されたように、多様性を尊重した学びが前提になっていない教育現場は多い。一方、教育先進国として知られるフィンランドでは、「社会モデル」を軸としたインクルーシブ教育が推進されているという。日本が生かせる部分はあるのだろうか。10年以上、フィンランドでインクルーシブ教育を研究している矢田明恵氏に、現地の取り組みを紹介してもらった。 【図】フィンランドの学校で行われている「三段階支援」とは? インクルーシブ教育とは、同じ学校内で、性別、人種、障害、または家庭の社会経済的・文化的背景にかかわらず、すべての子どもに平等な教育機会が提供されることと広く定義されています。日本は2014年に、フィンランドは2016年に障害者権利条約を批准し、両国ともインクルーシブ教育を教育政策として推進していくこととなりました。 両国に限らず多くの国がインクルーシブ教育の推進を目標としていますが、その概念的な定義やアプローチは、文化的・歴史的背景、宗教、経済的条件、法的枠組みなど、各国の状況に大きく影響されます。 フィンランドの場合、「社会モデル」に基づいてインクルーシブ教育が進められています。社会モデルとは、障害(身体的な機能障害の意味の障害に限らず、社会参加するうえでの障壁)は、個人の問題ではなく、その個人に障害を負わせている社会あるいは環境の問題だとする考え方です。 社会モデルが登場する以前は、「医学モデル」が一般的でした。これは、障害は個人の身体的・機能的問題であり、それを治療や訓練によって、個人が社会に適応できるようにするという考え方です。 もちろん、医学モデルを批判するわけではなく、治療や訓練でその人が生きやすくなるのであれば、医学の力を借りることはとても大切です。一方で、障害を「個人が克服しなければならないもの」「本人(あるいはその家族)の問題」とするのは違うのではないかという考えから、社会モデルが生まれました。 日本では、まだ医学モデルの考え方が教育や福祉現場で根付いているように感じます。 私が臨床心理士として日本の小学校や療育センターで働いていたのは10年前ですが、その頃は、特別なサポートを学校などで受けるためには、「障害がある」という医師の診断や心理士の意見書が必要で、私も医師が診断書を書くための心理検査や知能検査に携わってきました。医師や心理士の予約を取るのに数カ月待ちで、「『今』困っているのにすぐに支援を受けることができない」などの話を度々耳にし、心苦しい思いをしていました。 フィンランドに来てからも、日本の特別支援に関わる研究者や行政の方と情報交換をする機会が度々ありますが、まだ日本は医学モデルに基づいて支援が提供されることが多いようです。 医学モデルが染みついていた私にとって、フィンランドに来ていちばん驚いたことは、特別なサポートを受けるに当たって、医師の診断や心理士からの意見書は必須ではないということでした。 フィンランドの通常学校では、クラス担任を持たない「特別支援教員」が常駐しており、子どもに困り事やつまずきが見られた場合、その特別支援教員や担任、保護者、当事者の子どもが一緒に話し合い、必要となれば翌日にでも支援が開始されるのです。 もちろん、より詳細なアセスメントや適切な支援の提供を行うため、必要に応じて心理士や医師の意見を聞く場合もあります。しかし、社会モデルを軸に考えると、医学的に障害があると診断されるかどうかはサポートの絶対条件ではなく、「困り事がある」という状態がすでに社会参加への障壁の表れなので、そこにできるだけ早く介入することがフィンランドでは重要視されているのです。