アフリカの実情を伝える、むきだしの喜怒哀楽
銃弾一発ですべてが変わる
三浦 僕は本書でアフリカにおける無数の「生」と「死」を取り上げましたが、それは命には限りがあることを伝えたかったからです。紛争や病気、事故などで、命はある日、突然消えてしまう。僕がこれまで取材した現場で、満足して死んだ人は一人もいません。皆、悔いを残して死んでいく。「死」に向き合うことで、人は初めて「生」について考えられる。様々な死に触れ、僕自身は一生懸命生きて、一つでも多くの良い記事や良い作品を世の中に送り出したい。そして、自分が関わる人には、できる限り優しくありたい。 須賀川 本を読んでいて、三浦さんの優しさを随所に感じました。怒りとか絶望がありますが、その根底に優しさがある。 三浦さんが重度障害のある双生児の写真を撮ろうとした話がありました。その時、お金を要求されて、その取材を打ち切りますよね。これは一つの優しさだと感じました。僕も、お金を要求されることは少なくありませんが、僕は違った判断をしたかもしれません。 三浦 そこには答えがありませんよね。 須賀川 本書の後半で、PKO(国連平和維持活動)で自衛隊が南スーダンに派遣された時の話も書かれています。 三浦 あの時、僕は「大スクープ」をものにしました。現地が危険な状況になる中、隊長の判断で、隊員に射撃許可が出されていた。隊長は隊員を守るために、この件を僕に話してくれたのだと思います。でも日本政府は、これを契機に海外での武器使用を条件付きで認める安保法制を通そうとした。僕の記事は、結果的にその流れを後押しすることにつながった。「事実」は常に、政治に利用される危険性を内包しているのです。 須賀川 その時の三浦さんの葛藤は想像に余りあります。 三浦 とはいえ、僕は事実を隠すことを良しとしませんでした。書かないという選択肢は僕にはなかった。それから数年後に自衛隊は撤退しましたが、派遣が続けば、隊員が殺されていたかもしれないし、逆に誰かを撃っていたかもしれない。 須賀川 一発撃てば終わり。すべてが変わります。 三浦 そうです。一発撃てば、これまで戦後の日本が築いてきたすべてが崩れる。アフリカに行くと、皆、日本に対しては好意的です。その背景には、日本は戦争をしないと決めた特殊な憲法を持つ「平和国家」としてのイメージが強くある。 須賀川 中東でも同じです。それは現場に行かなければ分かりませんね。憲法九条があるからかもしれないし、外交が積み上げてきたものかもしれないし、トヨタやソニーの製品のおかげかもしれない。複合的に要因が重なってはいますが、日本は戦後八〇年、事実として海外で弾を撃っていません。とはいえこれは、一発の銃弾が放たれただけで変わってしまう。 三浦 「戦争をしない国」というイメージに対する信頼感が凄まじく厚いということを、我々のような記者は海外取材で身に染みていますね。 須賀川 現場にいる人間にしか分からないこうした実感を伝えていかなければならないと感じます。 三浦 今日はアフリカの話をたくさんしましたが、実際に取材してみると、日本とアフリカは随分違うようでいて、それほど違わないのかもしれないと感じることが多いのです。一人ひとりの人間として、深く通じ合うところがある。本書に描いた、遠くて近い「アフリカ」を通して、「生」とは何か、「死」とは何か、その上で、我々が絶えず追い求めている、人生における「豊かさ」とは一体何なのかについて、考えるきっかけにしてもらえたら嬉しいですね。 三浦英之 みうら・ひでゆき●1974年神奈川県生まれ。 朝日新聞記者、ルポライター。『五色の虹 満州建国大学卒業生たちの戦後』で第13回開高健ノンフィクション賞、『日報隠蔽 南スーダンで自衛隊は何を見たのか』(布施祐仁氏との共著)で第18回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞、『牙 アフリカゾウの「密猟組織」を追って』で第25回小学館ノンフィクション大賞、『帰れない村 福島県浪江町「DASH村」の10年』で2021年LINEジャーナリズム賞、『太陽の子 日本がアフリカに置き去りにした秘密』で第22回新潮ドキュメント賞・第10回山本美香記念国際ジャーナリスト賞を受賞 須賀川 拓 すかがわ・ひろし●1983年東京都出身、オーストラリア育ち。 2006年TBS入社、現在はnews23専属ジャーナリスト。担当番組にJNNニュース、Nスタ、news23、報道特集、TBS NEWS DIG YouTubeチャンネル。担当した作品に「大麻と金と宗教~レバノンの“ドラッグ王”を追う」、「天井のない監獄に“灯り”を~パレスチナ暫定自治区ガザ 2019」、「戦争の狂気 中東特派員が見たガザ紛争の現実」など。映画作品に『戦場記者』『BORDER 戦場記者 × イスラム国』。2022年、国際報道で優れた業績をあげたジャーナリストに贈られる「ボーン・上田記念国際記者賞」を受賞。 [文]集英社 構成=坂田拓也/撮影=松田嵩範 協力:集英社 青春と読書 Book Bang編集部 新潮社
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