妻を殺しバラバラにした身体の一部を我が子に埋め込む外科医…熱烈に推せる海外文学3作(レビュー)
変わり種で尖った、かつ面白い海外文学をお望みの方に、熱烈推薦できる文庫の叢書があります。東京創元社から出ている「創元ライブラリ」シリーズです。 たとえば、B・S・ジョンソン『老人ホーム 一夜の出来事』(青木純子訳)。タイトルそのままの小説なのですが、通常作品のページ数を示すノンブルを、登場人物ごとにも設定するという仕掛けが驚きと笑いを連れてくるんです。
セーラがノンブル10の16行目でチャーリーに煙草をねだると、チャーリーのパートでは同ノンブル17行目で「ノー、セーラ、一本もないよ」と応じ、その前後にはそれぞれが互いに対して抱いている感情や思惑が記述されている――というように、同じ時間と同じ出来事を共有する9人の登場人物の行為と心理を、ノンブルを合わせる操作によってシンクロさせて読むことができるんです。 キャラクターとエピソードが立体写真のように立ち上がってくるギミックの見事さに瞠目! 94歳のロゼッタのパートに至っては大笑い必至! 長らく絶版で読めなかった珍傑作の文庫復刊を言祝ぎます。
語り/騙りの妙技を堪能できるのは、エリック・マコーマックの『パラダイス・モーテル』(増田まもる訳)です。妻を殺しバラバラにした身体の一部を、4人の我が子の体内に埋め込んだ外科医のマッケンジー。そんな話を祖父から聞いた12歳の〈わたし〉が長じて作家となり、マッケンジー家の子供たちのその後を追う。というのが大まかなプロットなのですが、最終章にたどり着くや最初のページに強制送還されるという作品構造に驚嘆すること間違いなしなのです。
衒学趣味が横溢する小説がキアラン・カーソンの『琥珀捕り』(栩木伸明訳)。A~Zを頭文字にとったタイトルから成る全26章は、エンターテインしている百科事典といった風なのです。琥珀にまつわる雑学やエピソードで全章をしなやかにつなぐ大技が見事。それらを多種多様なスタイルを駆使して日本語にしている訳文も素晴らしく、まことに美しい逸品です。 [レビュアー]豊崎由美(書評家・ライター) 協力:新潮社 新潮社 週刊新潮 Book Bang編集部 新潮社
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