解決遠いロヒンギャ問題 窮地のミャンマーに接近する中国
なぜロヒンギャ問題はなかなか解決できないのか
ミャンマー政府がロヒンギャ問題を解決できないでいるのは、仏教徒が圧倒的多数を占める国内の反対が強いからであり、また軍を政府の思い通りにコントロールできていないからです。
軍の問題は、少数民族問題と関連しています。ミャンマーは世界でもまれなくらい少数民族の比率が高く、全人口の3割近くを占めています。少数民族対策は国政の最重要問題の一つです。しかし、一部地域の少数民族は今でもミャンマー政府と武装闘争をしています。そのため、政府は軍に強く依存せざるをえません。つまり、ミャンマー政府はラカイン州でもその他の少数民族地域でも軍に依存せざるを得ないのです。各国はロヒンギャに対する軍の攻撃を非難し、また軍を抑えようとしないミャンマー政府を批判しますが、政府は対応策が取れないのです。 かといって、ミャンマー政府は軍への依存度を今以上に高めることはできません。軍をコントロールすることはミャンマーが民主化するためには避けて通れません。つまり、ミャンマー政府はロヒンギャ問題をめぐり、軍、少数民族、欧米諸国、それにイスラム諸国と対応の難しい当事者ばかりに囲まれている状態なのです。
「一帯一路」構想でミャンマーに近づく中国
ミャンマーが中国との関係を重視するのは、このような状況と関係しています。ミャンマー政府に反抗し続けている少数民族は中国との国境付近が活動地域であり、ミャンマー軍の攻勢が強まると、中国領内へ逃げ込むなどしています。こうして中国はミャンマーの少数民族に強い影響力を保持しているので、ミャンマー政府としては中国との緊密な関係を保つことが、ミャンマー軍への依存度を高めないで済むという関係にあるのです。
ICJの命令の1週間前にミャンマーを訪問(1月17~18日)した習近平主席はアウン・サン・スー・チー最高顧問と2回も会談しました。会談後に発表されたのは経済関係の協力案件ですが、両者は「運命共同体の構築」で一致したと、意味深長なことも言われています。政治面でも突っ込んだ話し合いが行われたのは疑いありません。また中国は「一帯一路」を構築する上でミャンマーを重要な拠点とみなしています。ICJの命令により窮地に陥ったミャンマーと中国の関係は今後より緊密になる可能性があります。 日本はこれまで欧米諸国が人権問題を理由にミャンマー政府を批判する中、伝統的な友好関係に基づき、経済面で可能な限りの協力を行ってきました。また、前述のロヒンギャ問題独立調査委員会に従って解決を図るというミャンマー政府に理解を示してきました。しかし、ICJの命令が出た今、ミャンマー政府が同命令に従って必要な対策を講じるよう、日本政府としても努めていかなければなりません。 経済面での協力を維持することも必要です。ミャンマーで活動している日本の企業は中国の影響力の増大に懸念を感じていると伝えられています。日本政府はこれらの企業とも協力して、ロヒンギャ問題の解決と経済面での協力強化を同時並行的に進める方策を検討すべきだと考えます。 日本企業による投資のネックになっているのが、ミャンマーは米ドルでの支払いが困難で、現地通貨でしか支払えないという問題です。日本企業としては現地通貨ではあまりに不安定なのでドル建てしか受け入れることはできませんが、日本政府が戦略的な観点から現地通貨払いのリスクを負担し、日本企業の投資を促すことを検討すべきだと思います。 日本政府は2019年8月、米国政府と共同でスー・チー氏を招いてミャンマーへの投資を呼びかけるセミナーを旧首都のヤンゴンで開きました。日米の企業に対し、ミャンマーへの投資増大が期待される中、日米共同でミャンマーの治安回復に協力することも必要となります。またそうすることは中国の影響力拡大を牽制する意味合いも持ちます。
------------------------------------- ■美根慶樹(みね・よしき) 平和外交研究所代表。1968年外務省入省。中国関係、北朝鮮関係、国連、軍縮などの分野が多く、在ユーゴスラビア連邦大使、地球環境問題担当大使、アフガニスタン支援担当大使、軍縮代表部大使、日朝国交正常化交渉日本政府代表などを務めた。2009年退官。2014年までキヤノングローバル戦略研究所研究主幹