『SCIENCE FICTION』とは、宇多田ヒカルそのものだ──デビュー25周年ツアーをつやちゃんが総括
「自らをさらけ出す」宇多田とファンの信頼関係
後半、A-POC ABLE ISSEY MIYAKEのレインボーカラーのドレスを纏い登場すると歓声があがった。なるほど、なぜレインボーなのか、なぜ境界を規定しないような流動的なフォルムなのか、ここまでの流れで腑に落ちた。演奏も歌も含め一貫して柔らかな場づくりになっており、演者と観客の間に流れる無言の空気の中でそれが成立している――。これだけの巨大なキャパシティで! なんて稀有な空間だろうか。 「BADモード」や「あなた」はじめ近作の曲へスイッチしたのちも、基本的なスタイルは変わらない。緻密に構成されているがオーガニック、という最近のサウンドがそれぞれの楽器によってラフに実現されている。随所でアレンジを加えつつもバランスが崩れないのはさすがだ。もっとも、スタジオライブ「Hikaru Utada Live Sessions from Air Studios」をはじめ、近年宇多田ヒカルの演奏を司ってきたヘンリー・バウアーズ=ブロードベント(Key, Gt, Perc)や、前回ツアーにも参加していたベン・パーカー(Gt)らがしっかりとサウンドを統率しているからこそ。その中にあって、特に新メンバーとなるHinako Omori(Key)の鍵盤がユニークで没入感たっぷりの演奏を見せていたのが非常に印象的だった。 ここで、宇多田ヒカルは次のように語っていた。少し長いが、重要なMCなので引用しよう。 「生きていると、望んだものが必ずしも自分にとっていいことだとは限らないし、望まなかったことがすごく自分を成長させてくれたり。何かを失ったりしても……失ったってことは与えられてたんだなって気づかされたり、失ったものはずっと心の一部になるって知ったり。与えられなかったものも自分をすごく豊かにしてくれたなってこともわかったし、与えることも喜びとか満たされる気持ちもわかったし。すごく私はいい25年だったなと思うから、みんなもそうだといいなと思うし、これからの25年もいい時間になるといいなと思う」 MCを聴きライブを観ていて感じたのは、やはりこの日のパフォーマンスが、観客との信頼関係の上に成り立っていたということ。『BADモード』がそうだったように、宇多田ヒカルはライブにおいても“宇多田ヒカルらしさ”そのままをさらけ出しはじめている。だからこそ、この日のパフォーマンスも終始ナチュラルで今までにない優しい表情を見せており、それは信頼し合う関係でなければ成立し得ないものだと思うのだ。 そもそも、ベストアルバムに『SCIENCE FICTION』というタイトルを与えたことについて、「自分が体験した出来事と感情を、一度解体してから再構築して作品にするっていうプロセスを、それをしない人にどうしたら説明できるだろうってずっとモヤモヤしていました」というところから「じゃあ自分で『SCIENCE FICTION』って言っちゃえばいいじゃん!」(『SFマガジン』2024年6月号)と語っていた通り、宇多田ヒカルの創作活動は以前からずっとSCIENCE FICTIONそのものであった。世界観を構築しコンセプチュアルなイメージを作り上げなくとも、宇多田ヒカルが自らをそのままさらけ出すことで成立する“SCIENCE FICTION”なるもの。同時にそれは、物事を一方向に規定しないということでもある。フィクションとノンフィクションの境界線がなくなり、あらゆる人にとってあらゆる捉え方ができるようになること――宇多田ヒカルの音楽は、歌詞は、いつの時代もそのように作られていたはずだ。だからこそ、あらゆるマイノリティも包括し、それぞれが「私のこと」として受け止められる音楽になっているのではないか。 「何色でもない花」「One Last Kiss」「君に夢中」とA.G.クックのプロデュース曲が続くラストスパートで、その想いはますます強まった。シンセベースのぞくぞくする低音と粒立った音色が身体を揺らし、ボーカルは懐の深い伸びやかな声を聴かせる。それは、オペラグラスで観客の顔を確認しようとしたり、「みんなと待ち合わせ成功」と言ってみたり、どこまでもお茶目で、その場にいるオーディエンスを信頼していないと出ないであろう声だった。アンコールではラフなスタイルで現れ、「Electricity」「Stay Gold」、そして黄色いソファに座ったパフォーマンスで「Automatic」を熱唱。終演に向かうにつれて、ますます楽しそうに歌う姿が目に焼きついて離れない。特に「Electricity」ではアオイヤマダと高村月のユニット・アオイツキがダンサーとして出演し、サックス奏者のMELRAWも登場。実に賑やかで、祝祭的な空気だった。 ライブを経て改めて分かったこと――SCIENCE FICTIONとは、宇多田ヒカルそのものだ。デビューから25年でたどり着いた地点、それはファンとの信頼関係なのかもしれない。宇多田ヒカルは、「音楽は言語のようなもの」と述べてきた。社会的前提を共有し、境界を作らず、あらゆる人に開かれ、ゆえに多くの解釈を生むような音楽=言語を多く生み出してきた活動。ファンは、その一つひとつを受け止め、それぞれがそれぞれの思うままに解釈してきた。“ファンダム”の名のもとでアーティストとファンの関係性が大きく変化している昨今、“SCIENCE FICTION TOUR 2024”は、そういった点においても一つの回答を提示しているように思えてならない。果たして、これを尊いと言わずして何と言えばよいのだろう。 【HIKARU UTADA SCIENCE FICTION TOUR 2024 Set List】 1.time will tell 2.Letters 3.Wait & See ~リスク~ 4.In My Room 5.光 (Re-Recording) 6.For You ~ DISTANCE (m-flo remix) *メドレー 7.traveling (Re-Recording) 8.First Love 9.Beautiful World 10.COLORS 11.ぼくはくま 12.Keep Tryin’ 13.Kiss & Cry 14.誰かの願いが叶うころ 15.BADモード 16.あなた 17.花束を君に 18.何色でもない花 19.One Last Kiss 20.君に夢中 21.Electricity *アンコール 22.Stay Gold *アンコール 最終公演のみ 23.Automatic *アンコール 映像商品『HIKARU UTADA SCIENCE FICTION TOUR 2024』 2024年12月11日発売 【完全生産限定盤】 2BD+2CD 19,800円(税込) 【通常盤】 BD 7,150円(税込) <収録内容> HIKARU UTADA SCIENCE FICTION TOUR 2024 本編映像 HIKARU UTADA SCIENCE FICTION TOUR 2024 ツアードキュメント映像 *完全盤のみ 「Automatic」から「何色でもない花」まで全MV40曲映像 *完全盤のみ ライブ音源CD2枚組 *完全盤のみ
tsuyachan