第三十五回 「60歳まで投げられる」名伯楽・権藤博が語る石川雅規の凄さ/44歳左腕の2024年【月イチ連載】
「勇気」がなければ、あのピッチングはできない
権藤の「石川評」は、なおも続く。 「恵まれた体格を誇ること。天性の強靭な肉体を持つこと。そして、誰よりも速いボールを投げること……。石川の場合は、そうではない別の素材でここまで投げ続けているわけです。もちろん、丈夫な身体を持っていたから、ここまで大きなケガもなく投げ続けてきたのは間違いないけれど、彼の場合は他のピッチャーとは違う土俵で戦ってきた。他のピッチャーにはない素材で戦ってきた。だから偉大なんです」 さらに、権藤は続ける。 「石川の場合は球速を超える何かを持っているから生き延びたんです。今、彼はいくつですか? ……44歳? 本来なら、とっくに引退していてもおかしくない。けれども、今も投げ続けているのは、球速ではない何かを持っているから。彼なら50歳、いやオーバーに言えば60歳まで投げられますよ」 山本昌と並ぶ50歳をはるかに超える、まさかの「60歳まで」発言が飛び出した。では、先ほどから彼が口にしている「別の素材」、そして「球速を超える何か」とは何か? 権藤の答えはシンプルだった。 「勇気です。勇気がなければ、あのようなピッチングはできない」 ――勇気がなければ、あのようなピッチングはできない。 それが権藤の見立てだった。 「私はピッチングコーチとして、多くのピッチャーにチェンジアップを教えてきました。チェンジアップは技術じゃないんです、勇気なんです。緩いボールを投げるのは勇気がいるんです。腕を思い切り振って、“エイヤー”と力いっぱい速球を投げることは、それほど怖くない。でも、彼の場合はそれで勝負することができない。だから、自分なりにいろいろ工夫しながら、緩いボールを投げる技術を磨いてきたのでしょう。痛い目に遭いながら、長年の経験で身につけたもの。それは本当に勇気がいることです」 権藤によれば、歴代投手でそれができたのが阪急ブレーブスやオリックス・ブルーウェーブなどで活躍した星野伸之であり、現役で言えば和田毅(福岡ソフトバンクホークス)、岸孝之(東北楽天ゴールデンイーグルス)だという。 「技術的なことを言えば、それは《タメ》ということになります。普通のピッチャーが、“イチ、ニノ、サン”で投げるところを石川は、“イチ、ニーノ、サン”で投げることができる。この“ニーノ”があるから、相手バッターは自分のタイミングで気持ちよくバットを振ることができない。これは彼が自分の力でつかみとったものです。それだけでも、本当に尊敬に値するピッチャーです」