『HAPPYEND』空音央監督がバリアフリー字幕制作で見出した映画の歓びとは。パラブラ代表と語り合う
バリアフリー上映で、映画文化をより豊かに
―今作のバリアフリー字幕制作では、モニターの方々とはどのように意見を交わしたんでしょうか? 空:モニターの方々に「こういう表現はどうでしょう」と確認していくのですが、当たり前に感じ方は人それぞれ違います。特定の表現でも伝わる人、伝わらない人がいるので、確認しつつちょうど良い塩梅を探していきました。 なかでもわかりづらい箇所などは「製作者としてはこう受け取ってほしい」とお伝えして、「ならこういう表現はどうか」「そこまで説明しなくていいのでは」とみんなでディスカッションしながら案を出していきました。音楽で伝えたい曖昧な感情を、曖昧なまま言葉で伝えるという点で字幕が特に難しかったですね。 山上:モニターの方々からはたくさん意見をいただくのですが、かといってすべてその通りにしても上手くいくとは限らないんですよね。作品性を同時に守ってこその映画だと思うので、大切なのは作家と当事者の意見をすり合わせてチューニングしていくことだと考えています。 ―『HAPPYEND』くらい監督がバリアフリー字幕・音声ガイド作成に関与してくれることはよくあるんですか? 山上:ここまで演出までしっかりと参加してくださるケースは珍しいです。ただ、どんなかたちでも一度関わっていただくと、自分の映画の客層が広がったとか、当事者の人にこう観てもらえるんだと実感もしていただけるので「今後もぜひやりたい」と言ってくれる方は少しずつですが増えつつあります。監督の製作プロセスのひとつとして受け取ってくれると私たちとしても安心ですね。 山上:たまに製作側の方に関わっていただけない場合も経験値からまま字幕や音声ガイドを制作する場合もあるのですが、どうしても奥行きのないサラッとしたものになってしまうんです。製作側との関わりによって相乗効果的にクオリティに変わってくるので、今回は本当にありがたかったですね。あと映画の音にはすべて意味が込められていますが、それを監督から直接聞かせていただける贅沢さはありました。時間が許すならずっと聞いていたかったくらいで(笑)。 空:モニターのみなさんも本当に映画が好きで。話を聞くと、そこまで深く読み取ってくれたんだという嬉しさもありました。みんなで力を合わせて作品をつくりあげていくようで、すごく楽しい経験でした。 ―『HAPPYEND』のバリアフリー上映で注目してほしいポイントはありますか? 空:バリアフリー字幕にしたことで、自分でも想定していなかったユーモラスな瞬間が作中にあることに気付いたんです。ただの環境音のひとつと考えていたある場面の咳払いが、絶妙な瞬間に字幕として出てきて思わず噴き出しちゃって。そういう思わぬ注目ポイントもありますし、音楽が文字でどういうニュアンスで表現されているのかを見れば解釈や受け取り方も変わってくると思うので、ぜひ一般上映で観た人ももう一度観てほしいですね。 ―10月9日には手話・文字通訳付きの監督Q&Aトークイベントを開催していましたね。それも素晴らしい試みだと思います。 空:あらゆる人に向けた情報保障についてはプロデューサーの後押しに加え、デモの現場で学んだというのが大きいです。去年からパレスチナ解放デモによく行くんですが、情報保障の文化がすごく根付いていて。開催する際にも画像にはALT(画像を説明するための文言)を付けて、現場で情報保障があるのかという情報が必ず入っていますし、当然のように毎回UDトーク(音声認識によるリアルタイムでの文字起こしや自動翻訳ができるアプリ)や筆談が用意されているんです。そこに参加すればするほど、僕のなかでも当たり前の認識になっていきました。 山上:当事者が出ていたり、障害を扱う映画だからという理由で情報保障付きのイベントが開催されがちですが、当然障害を扱う映画ばかり観たいわけではないですよね。誰しも好きな映画を、同じように選んで楽しめたらと思います。 ―今後バリアフリー字幕上映が増えることにより、社会にどのようなポジティブな変化があると思いますか? 空:単純に映画好きの総数が増えて、よりいろんな人と語り合えるようになるのは嬉しいですよね。国籍やジェンダー、生まれ育ちの違いによって映画の解釈が異なるように、バリアフリー字幕や音声ガイドユーザーもまた違った解釈があると思うので、その解釈の違いから生まれる映画の奥行きや新鮮な感動、そこから見える本質を感じられるようになるのかなと。それは映画製作者にとっても喜びでもあるので。 山上:共生社会の実現という社会的な目標は福祉的な視点で語られることが多くて、映画のような文化はつい後回しになりがちだと思うんです。でも私も映画からたくさん影響を受けたように、映画ってときに人生を変えたり生きるための活力になったりもしますよね。そういった文化を多様な人たちが同じように楽しめるようにすることが、結果的に共生社会実現の近道となるのかもしれないと感じていて。だからバリアフリー上映によって、映画文化が生活の一部として開かれたものになっていってくれたらいいなと強く願います。それが映画の観客を増やすことや、映画文化をより豊かにすることにもつながると思うので。
インタビュー・テキスト by ISO / 撮影 by 小林真梨子 / リードテキスト・編集 by 廣田一馬