『HAPPYEND』空音央監督がバリアフリー字幕制作で見出した映画の歓びとは。パラブラ代表と語り合う
「テクノ」を聞いたことがない人に、言葉でテクノを伝える難しさ
―バリアフリー字幕と通常の字幕の違いについて教えていただけますか? 山上:まずは話者名の表記です。会話中に必ずしも顔がアップで映る訳ではないので、口元が見えなければ台詞だけ読んでも話者が誰かわからないときがあるんですよね。そして音情報、音楽情報の表記。映画はあえて消さない限りは何かしらの環境音がしていますが、全部字幕にするとせっかく映画を観にきているのに字を読みに来た感覚になるので、観ただけではわからない音や、作品のなかで重要な音情報を中心に文字にしていきます。ただこの部分は監督がどういう意図で音を入れているのかを聞き出さないと判断が難しいですね。 山上:あとはルビに関しても通常の字幕よりも多いです。聴者はさらっと聞き流しができても、音がなければ読みに迷う固有名詞や読み方が数通りある言葉もあるので。 空:ただし解釈は観客に委ねたいので、なるべく解釈を入れず客観的に音を表現する言葉を選びます。 山上:映画は観る人によって違う感想が出てくる自由なもの。監督はこういう意図で入れているけど、もちろん違う受け取り方をする人もいて。たとえば私が「楽しい音楽」と感じても、それが楽しいと思うかは個人差がありますよね。だからできるかぎり客観的に「躍動的」とか「アップテンポ」とか情報としてヒントになることを、監督とバランスを相談しながら決めていきます。そこはつくり手が映画の一部としてとらえてほしいところでもあり、基本的に私たちが勝手に決められないと考えています。 ―音の表現という点では「無音の演出」も文字にするのは難しそうですね。 山上:無音の意図も監督によって異なりますからね。たとえば心情を表す場合もあれば状況の変化を示す場合もある。それ次第では「音が遠ざかっていく」という表現をすることもありますが、表情や画から十分に意図が伝わると感じた場合は何も入れないという判断をする場合もあります。もちろん当事者の賛否はあると思いますが。 空:『HAPPYEND』にも無音のシーンがありますが、じつはちょっとしたテープノイズを入れていたりして、どう表現するか難しかったですね。あとテクノが流れますが、「テクノ」と言っても聞いたことがないからそれが何かわからないモニターの方もいました。劇場で観ればなんとなく音響システムで振動を感じられるかもしれないけど、字幕制作現場はそういう場所ではないんです。それをどう伝えれば良いのか考えることも苦労しました。 山上:だから一周回ってシンプルになっていくことも多いです。でもそこに至るまでの過程がすごく大事で、その表現で本当に良いのかモニターさんと会話しながら何度も確認していきます。今回は監督がモニターさんから言葉選びのヒントをたくさん吸収してくれて、最終的な方向を決めて落とし込んでいきました。 映画は音と映像を組み合わせたものなので、映像だけでも語っていることはたくさんあります。日常的に視覚情報だけで生活されている方はその延長線上で映画を観ているので、あまり字幕だらけになっても世界観が崩れてしまうんですよね。だから映像だけを観る時間もある程度確保したいなということも考えながらつくっています。 空:ただシンプルすぎるのも良くない場合もあります。多くの字幕の場合、音楽が鳴るときは音符マークだけなんですが、「さすがにそこは一言入れてほしい」と耳が聞こえない友人に言われたことがあって。だから今回も音楽を一言でどう表現するかはかなり考えました。 山上:音符マークはルンルンな印象があるので、シリアスなシーンで音符だけだとミスリードが起きてしまう可能性があります。画に合った音楽であれば映像の情報通りなので説明を入れないこともありますが、シリアスなシーンにあえてポップな曲を合わせる映画もありますよね。そういう場合は説明を入れないと、聞こえる人とシーンの受け取り方が異なってきてしまい、まったく違う印象を抱きながら映画を観ることになってしまいますよね。 ―通常字幕の制作には1秒4文字までといった文字数制限などのルールもありますが、そこは同様なんですか? 山上:パラブラではバリアフリー字幕の場合、台詞に関しては言い淀みや笑い声なども含めて入れることを優先し、文字数の厳密な制限はなく作っています。口の動きと字幕が合っていないことに気持ち悪さを感じる人もいますし、言い淀みなども含めてそのキャラクターだと思うので、そこはなるべく音どおりに字幕化していく。よっぽど読み切れないときは調整することもありますが。 空:僕は仕事で通常の字幕づくりをしていたことがあるんですが、字幕づくりって意外とクリエイティブなプロセスなんです。ちなみに、この映画に関しては英語字幕は自分でつくりました。もちろん違いもありますが、いかに適切な表現や言葉を探すかというのはバリアフリー字幕と共通する部分です。いかに違和感なく映画を伝えられるかを突き詰めていく。 山上:そこは一緒ですね。バリアフリー字幕も違和感のない空気のような存在を目指しています。そのために必要なのは経験値と映画リテラシー、そして当事者の意見を聞くこと。中途失聴や難聴の方とろうの方ではバックグラウンドや音の捉え方にも違いもあるので、本当は2種類つくりたいぐらいなんですが、そこは最大公約数的にこの字幕でいきましょうと決めていきます。