これがあるから「源氏物語」を読破できない…直木賞作家が現代語訳に際し大胆にオールカットした「頻出古語」
■研究者も驚いた「全ての敬語をカットした」角田訳 【山本】角田さんの現代語訳、冒頭はこうですね。「いつの帝(みかど)の御時(おんとき)だったでしょうか――。」冒頭は「ですます調」の敬語表現ですが、このあとから変わります。 ---------- その昔、帝に深く愛されている女がいた。宮廷では身分の高い者からそうでもない者まで、幾人もの女たちがそれぞれに部屋を与えられ、帝に仕えていた。 帝の深い寵愛を受けたこの女は、高い家柄の出身ではなく、自身の位も、女御より劣る更衣であった。女に与えられた部屋は桐壺という。(「桐壺」)。 ---------- 普通の小説のようにさくさくと読めて、作品世界のなかに入っていけます。普通の現代語訳だったら、「女御、更衣あまたさぶらひたまひける中に、いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれて時めきたまふありけり」を、「女御や更衣といったお妃様がたくさんお仕え申していらっしゃったなかに、最高の家柄ではなくて帝の深いご寵愛を受けていらっしゃる方がいました」というふうに訳しますね。 〈候ふ〉〈給ふ〉〈奉る〉などの語にしたがって、現代語まで〈お仕えする〉〈なさる〉〈さしあげる〉といった敬語のオンパレードになるので、読んでいてわけがわからなくなることが多いんです。でも角田さんの訳はすっとわかる。ストーリーがいちばん入ってくる訳です。 ■高校の授業で古文の文法を教えると、生徒が寝てしまっていた 【角田】ありがとうございます。お叱りを受けなくてよかったです(笑)。 【山本】いえいえ(笑)。私も現代語訳をしますが、自分なりの意訳で、そのままテストの解答欄に書いてしまう高校生や受験生がいたら困るので、「これはテストには書かないでください」という意味で、「大意」と呼ぶことにしています。 私は以前、高校の教壇に立っていましたが、テストの解答欄に書けること、つまり文法に忠実なことを教えていると、あちこちで生徒が眠ってしまうんですね。「み・み・みる・みる・みれ・みよ(上一段活用)」なんて教えていると、スゥッと寝息が返ってくる。それよりも「紫式部はお餅を食べていたんですよ」という話をすると、生徒の目が輝くんです。ですから角田訳のようにストレートに「その昔、帝に深く愛されている女がいた」と言われると、みんなすいすいと読めるだろうなと思います。ありがとうございます、この現代語訳を書いてくださって。 【角田】あたたかいお言葉をありがとうございます。