珠玉のアルバム 【コラム 音楽の森 柴田克彦】
ピアニストの河村尚子は日本屈指の実力者だ。兵庫県西宮市に生まれた彼女は、1986年渡独後、ハノーファー国立音楽芸術大学在学中にヨーロッパの数々のコンクールで優勝・入賞を重ね、2006年には難関ミュンヘン国際コンクールで第2位を受賞。翌年著名なクララ・ハスキル国際コンクールで優勝して以来、内外の第一線で活躍を続けている。リサイタル、協奏曲、室内楽にCD録音など活動は多岐にわたり、恩田陸の小説に基づく映画「蜜蜂と遠雷」で主人公・栄伝亜夜のピアノ演奏を担当したことでも話題を呼んだ。 日本では04年11月に小林研一郎指揮/東京フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会でデビュー。ゆえに24年は日本デビュー20周年に当たる。そこでこのほど記念CDをリリースした。それが今回ご紹介する「20 -Twenty-」である。 ここには、彼女が大きな影響を受け、折に触れて愛奏してきた小品が22曲収録されている。しかも、プロローグにシューマンの「献呈」、エピローグに坂本龍一の「20220302サラバンド」を配し、その間に20周年にちなんで20の小品が置かれている。 バロックから21世紀まで、さまざまな地域や時代に及ぶその選曲と配列はまさしく絶妙。ここには、ベートーベンの「エリーゼのために」やリストの「愛の夢」といった有名曲もあるが、バルトークの「スケルツォ」、プロコフィエフの前奏曲「ハープ」、N・ブーランジェの「新たな人生に向かって」、コネッソンの「F・K・ダンス」その他、こうした小品集にはまず収録されない作品が多数含まれている。 これらが音楽的な流れを鑑みながらランダムに登場するので、ただ身を浸しているだけでもピアノ音楽の美しさや愉(たの)しさを満喫できるし、じっくり耳を傾けると、ピアノという楽器の多様性や深みを実感させられる。 演奏は、どの曲も丁寧なタッチで磨き抜かれた表現がなされ、小品といえども大曲に負けない手応えを感じさせる。河村の魅力は、躍動的で生彩に富んだ表現、そして打鍵と共に音が減衰するピアノのハンデを感じさせないスムーズなフレージングだ。本ディスクにはそれらが如実に反映されている。 中でも、「エリーゼのために」や矢代秋雄の「夢の舟」、バッハの「羊は安らかに草を食み」、ドビュッシーの「夢想」などに代表される慈しむような優しさには感嘆の念を禁じ得ない。 なお、ブックレットに記された各曲に対する河村の想(おも)いを読みながら聴くと、曲をより親密に味わうことができる。ピアノ音楽と河村の魅力が凝縮された、正真正銘“珠玉”のアルバムだ。ぜひとも多くの人に聴いてほしい。 【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No. 42からの転載】 柴田 克彦(しばた・かつひこ)/ 音楽ライター、評論家。雑誌、コンサート・プログラム、CDブックレットなどへの寄稿のほか、講演や講座も受け持つ。著書に「山本直純と小澤征爾」(朝日新書)、「1曲1分でわかる!吹奏楽編曲されているクラシック名曲集」(音楽之友社)。