資本主義を乗り越えるヒントは人類学が知っている…これからの時代を生き抜く「贈与のメカニズム」
西洋近代の「外部」へ
現代人である私たちの感覚に照らして考えてみましょう。 私たちにとって、「交換」とは相手に何か特定のモノを与えることで、見返りとして自分の欲しいモノを手に入れる手段のことです。その行動の動機は、交換によってお互いの利益を最大限に高めることです。ですが、クラ交易はこの目的に当てはまりません。せっかく手に入れた財をまた別の人に渡してしまうので、自分の経済的利益を得ることにはならないからです。また、あくまでもヴァイグアはヴァイグアとしか交換できないので、貨幣のように他の何かを手に入れる手段としては使えません。つまり、クラは、現代的な経済的価値という面から眺めるなら、「なんでそんな意味のないことをするの?」というふうにも思えます。 クラは、現代的な経済現象の「外部」の制度です。でもそれは、とても合理的な「仕組み」でできたものです。その島々に住む人々からすれば、クラ交易によってヴァイグアが行き交うことで財の交換相手とのコミュニケーションが生まれます。そして交換を数年かけてゆっくりと行うことで、互いの関係を長期間にわたって続けることができるのです。つまり、クラ交易は離れて暮らす複数の共同体を結びつけ、衝突を避けるための「仕組み」でもあるのです。その意味で、クラ交易は貨幣によって他者との関係を築こうとする資本主義社会にはない、非常に興味深い行動様式だと言えます。マリノフスキの描いたクラは、西洋近代の「外部」におけるひとつの贈与交換のモデルなのです。 さらに連載記事〈なぜ人類は「近親相姦」を固く禁じているのか…ひとりの天才学者が考えついた「納得の理由」〉では、人類学の「ここだけ押さえておけばいい」という超重要ポイントを紹介しています。
奥野 克巳