イデオロギーよりも豊かさを。国民は「田中角栄」を求めているのか?
政界、とくに自民党には世襲の政治家があふれ、いまの首相・安倍晋三も、「岸信介の孫」ということを自らの政治信念としている。政界だけではない。経済界や文化・学術、あるいは市民運動の世界さえ、毛並みのよさやふるまいのエレガントさを持っていないと、上に立つのは難しい。そんな時代に、多くの人はある政治家を懐かしんでいる。田中角栄だ。 「高等小学校卒」の学歴を堂々と掲げながら、世襲でも官僚出身でもないのに54歳で首相に就任し、「今太閤」と呼ばれた。『朝日新聞』が昨年11月30日朝刊に発表した「自民党員への朝日新聞社調査」の「もっとも評価する総裁」(自民党総裁は一部の例外を除き総理大臣に就任している)では安倍晋三、小泉純一郎に続き第3位であり、現代の人が高く評価されるのは当然にせよ、1972年に総理総裁に就任した田中が、いまもって高く評価されていることを示している。記事では「イデオロギーに血道をあげる政治はよくないと、開発利益を日本中にもたらすことをめざした」と評している。
田中角栄関連書籍が売れている理由
田中角栄関連書籍も売れている。『田中角栄 100の言葉』『田中角栄という生き方』『田中角栄の一生』(すべて宝島社)はベストセラーになり、あわせて48万部を突破している。とくに『田中角栄 100の言葉』は26万部となっており、宝島社によると「政治家本としては今年もっとも売れている1冊」となっているという。同社は、「週刊誌やテレビからの問い合わせも多い」という。 昨年の『週刊新潮』12月17日号でも田中についての大きな特集が組まれた。昨年12月16日は田中の二十三回忌ということもあり、石破茂・地方創生相やかつての越山会のメンバー、田中派番記者などが田中を偲ぶ声を寄せている。田中の後援会・越山会の元メンバーは、田中角栄に自分たちの夢を託していたと語っている。 田中は、1983年のロッキード事件の実刑判決直後の第37回総選挙で、中選挙区だった新潟県第3区から立候補し、22万761票の票でトップ当選し、得票率は46.6%に達した。 かつての新潟3区、それも長岡市などの都市部ではなく、山奥へいくと冬は雪に閉ざされていたような地域の人が、田中を当選させた。田中の政治によって生きられた人たちの一票一票が、田中を驚異的なトップ当選へと導いた。新潟3区の有権者は、田中角栄を通じて自らの夢を実現させた。その恩返しなのだ。 田中の主著『日本列島改造論』(日刊工業新聞社)は、政治家の本としては珍しく、イデオロギーがメインとなっているのではなく、政治家が具体的に何をするかをしめしたものである。 どのように道路や新幹線を作るか、どこに工場を置くか、都市と地方の均衡ある発展をどう作っていくのかということを示した本である。田中自身、一級建築士の免許を持っており、「土方は地球の彫刻家だ」(『田中角栄 100の言葉』より)という言葉を残している。 日本という国家をカンバスに、どう芸術作品を作っていくかを理論建てて書いている。そして同書では、情報通信の全国ネットワークにも触れている。 田中はいう。「日本じゅうの家庭に団らんの笑い声があふれ、年寄りがやすらぎの余生を送り、青年の目に希望の光りが輝やく社会をつくりあげたい」。かえって現在、そういった社会は遠ざかっている。それゆえに、田中角栄関連本が売れるのかもしれない。